「日本人は、なぜ「気候変動」(地球温暖化)に関心が薄いのか」

オーエスラボ株式会社 代表取締役


 

一言で、日本政府ならびに産業界のリーダー達が「気候変動」(地球温暖化)を、重要課題として認識し、行動を起こさないからです。こうした背景には、石炭、石油、天然ガス等(化石燃料)に対する既得権益を持つ官民関連組織のリーダー達は、対策・改善の流れを求めていなからだと考えます。米国のトランプ大統領は、ゾンビ企業と言われる従来型の産業(化石燃料等に依存している産業)の維持を図ることに力を注いでおり、日本の構図と同じです。「地球温暖化」の対策・改善への取組みは、これら従来型の産業社会構造の転換を意味します。

 

ところで、世界の賢人達は1972年に地球資源を効果的に使用するための国際会議、すなわち「国連人間環境会議」をスエーデンのストックホルムで開催しています。残念にも当時は、南北問題(北側と南側の国々との経済格差)が深刻であったことから、環境問題について進展が見られなかったようです。

そして20年後の1992年には、「地球環境サミット」が南米のリオデジャネイロで開催されました。この時は既に南側の国々も経済発展を経験し、自分たちの環境を破壊していることに気づき、地球資源の効果的な利用と環境保全への認識が一致し、約140カ国ならびに関連組織が環境保全の行動計画と言える「アジェンダ21」を採択しています。

既に、環境問題とは「地球環境の保全」であり、単に化学物資による環境汚染や廃棄物問題に留まらず、「気候変動」をも包括した課題であることを、1992年に認識さられました。さらに20年後の2012年の「リオ+20」(環境と開発に関する国際連合会議)が開催されました。同会議では、「CDS」(持続可能な開発委員会)の設置など僅かな前進はありましたが、92年に採択された「アジェンダ21」の進捗状況を確認しあった訳ではがありませんでした。

2015年の「COP21」(第21回気候変動枠組条約締約国会議)では、「パリ協定」が合意に達しました。パリ協定における合意事項の具体的な実施は、2020年がスタート年となっています。

 

強調すべきことは、日本の環境省は1992年の「地球サミット」の翌年1993年に、「環境基本法」を制定しています。同法の第3条 「環境の恵沢の享受と継承等」の最後に、「恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない。」と記されいます。
いかがでしょうか、「気候変動」(地球温暖化)への対策・改善に向けた取組みは、日本は基本法に照らせば必須であると言えます。

若き環境プロテスターであるスエーデンの少女グレタ・ティンベリ(環境活動家)は、リーダーと言える大人達は、これまで世界を飛び回り地球環境を守るための合意事項を作ってきましたが、ことごとく実行に移されてなく、孫子を裏切っていると訴えています。恥ずかしながら、これが日本の実情です。グレタ・ティンベリが、大人は嘘をついていると言う所以は、「将来の子供ならびに孫達に地球の自然の恵みを残し伝える」と言っておきながら、そのための行動が遅々として見られないからです。

この記事の著者
谷 學

谷 學

オーエスラボ株式会社 代表取締役
環境事業支援コンサルタント・経営士・環境経営士。元グリーンブルー株式会社代表取締役。日本の公害対策の草創期より環境測定分析の技術者として、環境計量証明事業所の経営者として、環境汚染の改善及び業界の発展のために邁進。2007年には経済産業大臣より計量関係功労者表彰を、2013年には経営者「環境力」大賞を受彰。50年にわたる環境問題への取組み実績を持つオピニオンリーダー。

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