地球・自然
2015.07.29

シーシェパードが制作したドキュメンタリー「ザ・コーヴ」は、動物虐待に当たるのか

オーエスラボ株式会社 代表取締役


2015年5月13日の日経朝刊の「春秋」に、 和歌山県太地町のイルカ漁を描いた、米国のアカデミー賞のドキュメンタリー部門でオスカーを取った「ザ・コーヴ」の紹介から、日本の水族館のイルカは太地町の漁師が水族館用に捕獲したものと知った世界動物園水族館協会(WAZA)が、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとの紹介がありました。太地町からのイルカの調達を止めないと、他の動物について海外から提供が受けられなくなるというものです。

 

Photo by Sias van Schalkwyk

 

 

【参考】「ザ・コーヴ」予告編

The Cove – Japanese Trailer from Oceanic Preservation Society on Vimeo.

 

「工業型農業」から見る米国の矛盾

 

イギリスの動物福祉団体“コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(Compassion in World Farming:CIWF)”という組織は、家畜の飼養や魚などの養殖において、動物福祉を考慮した対応が必要であるとの考えを世界に発信しています(出展:ファーマゲドンより)。現在は、牛や豚、また鶏などの家畜は、バタリーケージやソウ・ストールと言った身動きのできない檻の中で、しかも極めて密集した状態で飼養されているケースが多く、加えて家畜に与えられる餌も遺伝子組み換え作物(GMO)であるトウモロコシや大豆の飼料に、育成を速めるための栄養剤やホルモン剤などが混ぜられ、病気の予防のために抗生物質や、ワクチン注射などが定期的に行われているようです。身動きのできない空間で餌を流し込まれるように食べさせられ、出荷を早めるために育成期間の短縮が驚異的に図られているようです。

 

例えば、A4判1ページ相当の空間しかないバタリーケージに押し込められた鶏は、羽ばたきもできず、ストレスから隣の鶏を突っつき怪我をさせることから、くちばしが切られています。その切り方も粗野で、切られる嘴の格好はまちまちだということです。

 

こうした状態の密集型飼養は、動物に対して多大なストレスを与え、その状態で造られた肉は不健康な肉であり、人間にとって良くない食べ物となっていると紹介されています。強制的に早期に太らせるホルモン剤は、当然、肉に残留しており、それを食べる人間もその影響を受けると言うものです。

 

先進国は勿論、開発途上国でも最近はファーストフード店が増えてきています。こうしたチェーン店は、密集型畜産(「工業型農業」という)で量産される安価な肉を仕入れ、これらを使った様々なメニューが用意され、私たちの口に入ります。特に、ハンバーグやチキンナゲットと言った食べ物を食べ続けると、肥満になるとも言われています。

 

要するに、家畜やその他動物を工業型農業手法で育てることは、動物にストレスを与え、加えて、病気の感染予防のために抗生物質が入った飼料が与えられています。家畜の主な食糧であるトウモロコシや大豆も、遺伝子組換えを行った種子(GM種子)を使って育てられたもので、これら遺伝子組み換えによる生産物(GMO)は、直接・間接に膨大なエネルギーと水を使って育てられたものと言えます。ここで言うエネルギーとは、GM種子の開発行為には、直接・間接に膨大なエネルギーが消費されています。つまりエネルギーの多消費により生まれたものと言えます。そして、圃場では、従来の作物(トウモロコシ、大豆等)に使用した農薬や殺虫剤とは、比較にならない強力な農薬ならびに殺虫剤が使われていると言われています。これは大地に化学物質を大量にまく結果となり、土へのストレスは極めて大きなものとなり、土壌、水質、大気汚染のもととなっています。
こうした中で、今日ではすでにその強力な農薬や殺虫剤に対して耐性を持つ病害虫が生まれてきており、GMOのさらなる改良が必要になっていているようです。例えば、トウモロコシを枯らす根切り虫を寄せ付けないGM種子が造られ、当初は効果があったようですが、既にそのGN種子に耐性を持った根切り虫が現れてきているようです。笑えない話ですが、映画“メインブラック”のような、さらに耐性をもった病害虫や細菌類の出現は、当然、考えられることです。こうした工業型農業はエネルギー多消費型であり、極めて環境負荷の高いやり方といえます。

 

アカデミー賞のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の話から拡散してしまいましたが、この「工業型農業」が最も盛んな国は米国です。その技術が南米のブラジルやアルゼンチン、そして中国等でも受け入れられ、動物虐待と言える生産形態が取られている事実を鑑みると、米国に本部を置く「シーシェパード」が強引ともいえる手法で、「ザ・コーヴ」の対象とした和歌山県大地町のイルカ漁を、一方的に非難することができるでしょうか。

 

自分たちの足元に、動物虐待と言える家畜飼養や養殖が行われている事実を棚上げし、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとは。何とも物事の公平さに欠ける措置のように、私は感じてなりません。イヌイットのアザラシ猟などは、自分たちが食べるものだけで乱獲をしない。日本のイルカ漁も、昔からの伝統を守り乱獲している訳ではありません。私は、コンパッション・イン・ワールド・ファーミングの活動は、とても素晴らしいと感じました。工業型農業が最も進んでいるのが米国や南米、ヨーロッパ、あるいはオーストラリアもそうかも知れません。シーシェパードは、米国の組織、設立者はグリーンピースを脱会したカナダ人であると紹介されていました。

 

欧米人は、木を見て森を見ない人種が多いのか、WAZAあるいはシーシェパードの連中に、工業型農業のあり様について、どう思われるか聞いてみたいものです。『貴方達は、牛、豚、鶏の肉、さらに養殖魚あるいはエビ等を食べない、完全なベジタリアン(vegetarian)なのですか』と。今、世界で起こっている地球環境に負荷を与えている国はどこでしょうか。シーシェパードの面々が、ISO 26000に則った活動に異存がないと言うならば、行動を起こす対象が間違っているのではないでしょうか。行動に対する説明責任(accountability)を持っているというのなら? 矛盾した行動は社会を混乱に陥れるだけで、無責任と言わざるを得ません。日本にもシーシェパードの支部があるようですが、如何なものでしょうか?

 

この記事の著者
谷 學

谷 學

オーエスラボ株式会社 代表取締役
環境事業支援コンサルタント・経営士・環境経営士。元グリーンブルー株式会社代表取締役。日本の公害対策の草創期より環境測定分析の技術者として、環境計量証明事業所の経営者として、環境汚染の改善及び業界の発展のために邁進。2007年には経済産業大臣より計量関係功労者表彰を、2013年には経営者「環境力」大賞を受彰。50年にわたる環境問題への取組み実績を持つオピニオンリーダー。

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