~シニア世代のためのライフキャリアデザイン~
はじめに
日本経済はアベノミクス効果をきっかけとして再生が期待されています。 しかし、真に日本が再生していくためには、国の施策、企業組織の努力、そして個人の力が相まってこそ実現するといえるのではないでしょうか。
私は、個人の力、とくにビジネスパーソンひとり一人が気力を持って難題に向かっていく姿勢を持ち、具体的な行動を起こしていくことが重要なキーポイントになると思っています。 究極的にはビジネスパーソンひとり一人の価値を上げ、その価値を今までとは異なる新たな場面で発揮することだと思います。
現在、多くの企業で実施させていただいている、ミドル層シニア層のビジネスパーソンへのキャリア・ライフデザインの研修や個別相談を通じてそのことを実感しています。 この場をお借りして、最近のシニア層(50歳代以上のビジネスパーソン)を取り巻く環境の変化や今後の動向を予測しながら、 シニア層の活躍に必要なポイントを整理してみたいと思います。
筆者:ECOLOGライター(田島 俊之)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年6月号)」より再編集して掲載しています。)
改正高年齢者雇用安定法の動向
昨年8月に成立した改正高年齢者雇用安定法により、2013年4月以降、企業は60歳定年後の希望者全員を65歳まで再雇用することになりました。 高年齢者雇用安定法は、2004年の改正で高齢者の安定した雇用を確保するために定年を定める企業に対して以下のいずれかの措置を求めてきました。
具体的には、企業に、①定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止のいずれかを義務付けるものでしたが、同時に経過緩和措置もとられてきました。
それは2013年4月に65歳定年または65歳までの継続雇用制度導入をめざし、順次、その年齢を引き上げるというものでした。 ほとんどの企業は継続雇用制度の導入で対応してきました。
今回の改正においては、継続雇用を希望する対象者の雇用義務期間が、厚生年金の受給開始年齢の引き上げに合わせて、順次拡大することになります。厚生年金受給年齢に達していない継続雇用希望者については希望者全員の再雇用が義務付けられ、 厚生年金受給年齢を超えている継続雇用希望者については従来の労使協定による基準を適用できます。 したがって、2025年度には希望者全員の65歳までの再雇用が実現することになります。
また、今回の改正ではいくつかの変更点もあります。 従来は継続雇用する対象者はその基準を労使協定で定めることができましたが、2013年4月以降は原則として雇用希望者全員を継続雇用することになりました (※心身健康状態の基準該当者は除外)。
また、この法律に違反した場合、従来は勧告で済みましたが、2013年4月以降は企業名が公表されることになりました。 これらの変更点はコスト面・コンプライアンス面で企業への大きな負担増となることが考えられます。
厚生労働省から4月1日付で出されている「高年齢者雇用対策の推進について」という通達も高年齢者の雇用確保措置の推進等に係る指導について、 企業への指導が強まっていくことが伺える内容となっています。
労働人口の変化予測と企業の課題
今後、企業にとってシニア層の戦力化は最優先経営課題の一つになるといえます。 多くの企業で、5年後10年後15年後とシニア層の比率は高まり、定年再雇用の人員は格段に増えていくことになるからです。
現状の定年再雇用の社員はどのような仕事をしているのでしょうか。 多くの企業で、定年再雇用の社員は契約嘱託社員となり、仕事の範囲は限定的となり責任権限も減少します。
今まで多様な経験をし、知見・ノウハウ・スキル・技能を蓄えてきた人材を60歳定年という“ひとつの時間”を過ぎただけで、包括的に管理を行うというのは、 人材活用の視点から考えても有効な施策とはいえません。
今後、シニア層の比率が高まるため、従来の定年再雇用後の仕事の役割設定には限界があり、かつ、コスト効率からしてもたいへん非効率となります。 早急にシニア人材の役割を再設計し、シニア層による成果創出のしくみを実現する必要があるのではないでしょうか。
今後の企業組織の人員構成の変化を考えると、企業がシニア層の活躍の場を真剣にかつ積極的に創ることが企業活力につながることを強く認識すべきだと思います。
企業の取組み課題と押さえるべきポイント
シニア層の戦力化を進める企業は、まだ多くはありません。 将来の課題を抱える各企業が模索をしている状況といえます。 しかし、早急に手を打っていく必要があることはすでに述べてきました。
現状では大企業においては量的な対応に終始しがちですが、今この時にこそ、数十~数百人規模の企業も含めて人材管理の質的な課題に対応すべき時だと思います。 まさに待ったなしの状況ではないでしょうか。
私は、以下の3つのポイントを実践することから始めることをお勧めします。 それは、①シニア人材の新たな役割を再設計する、②新しい役割を実践する活躍の場(組織・チーム)を創る、③同時にシニア人材の意識を転換させるの3つです。
一つ目の新たな役割の再設計では、エキスパートプレイヤー役割、マネジメントや専門分野のアドバイザー役割、 企業内外間・組織間・チーム間の橋渡し役割、固有の知見・ノウハウ・スキル・技能の伝承役割、 若手人材育成役割などのシニア人材活躍の基本となる役割とそれぞれの人材固有の役割を融合し、個々の人材に根ざしたユニークな役割を設計する必要があると考えます。
二つ目の活躍の場づくりでは、組織やチームといった働く場はもちろん、雇用パターンの多様化、報酬体系の整備などが含まれます。 どこの企業でももっとも対応が遅れているのが報酬体系の整備です。 定年再雇用後の一律賃金管理では今後は意味をなさないことを認識し、早急に新しい役割に連動した報酬体系によるシニア層の成果創出をめざす必要があります。
さらに場づくりの一つのツールとして、世代間のコミュニケーション促進も重要な要素ではないかと思います。 研修や相談の場で感じることが多いのですが、シニア世代の人たちは上位下達の組織コミュニケーションが染みついており、 異なる世代の人たちに対して自分の気持ちを素直に表現したり他者の気持ちを察しようとすることが苦手な方が多いように感じます。
しかし、最近の若者もコミュニケーションが取れない方も多いようですので、 企業が世代を超えたコミュニケーション促進の仕掛けづくり(場づくりやコミュニケーションスキル研修)を進める必要があると思います。
三つ目のシニア人材の意識転換は、雇用制度・報酬制度説明会や意識変革研修などによって明確に企業のメッセージを伝えることが重要です。 定年がゴールと思っているシニア層に、 まだまだ自らが主体的・積極的に仕事に取り組むことで働き甲斐を実感しながら結果として組織にも貢献する働き方を実践してもらう必要があります。
* 私が研修や個人別相談を実施させていただいている企業の取組みの中で、とくにシニア層活用に積極的ないくつかの企業の事例と特徴を簡単にご紹介します。
【総合商社A社】
2004年の高年齢者雇用安定法の改正と組織ニーズの高まりを受けて、2006年より専任の組織を新設してシニア層活用に取り組んできています。 シニア層に必要な社員研修や自己啓発支援、さらには社内外求人案件の紹介や個別カウンセリング相談なども行う組織となっています。
・シニア人材バックアップのための専任組織体制を敷いている
・キャリア研修、パーソナルファイナンス研修、知識スキル研修など研修体系を充実させている
・組織内部活躍の場づくりと専門的な相談スタッフも充実させている
・外部からの求人情報収集とその提供も行っている
・シニア層活用に向けての人事制度再設計を進め2012年より説明会を実施している
【自動車部品メーカーB社】
企業組織のグローバル展開、人員構成の変化予測、高年齢者雇用安定法の改正などを受け、 シニア層の有効活用をめざした人事制度変更とその制度変更にリンクした社員研修を実施しています。
・キャリアライフ研修
・パーソナルファイナンス研修を継続的に実施している
・製造部門によるシニア人材活用ラインを模索している
・シニア人材活用と若手人材育成を目的にチーム再編を進めている
・シニア人材にはプレイヤー役割へのシフトと若手へのノウハウ伝承を、若手人材にはシニア人材の経験による仕事上の人脈、知見、視点の理解をめざす試みをしている
【総合レジャーランドC社】
2013年4月の高年齢者雇用安定法の改正と人事制度変更のタイミングで、従来のキャリア研修の内容を見直し2012年より新しいカリキュラムで実施しています。
・年代別(40歳、50歳、55歳)キャリアライフ研修(キャリア・ライフ・マネー)を実施している
・研修年齢に該当しない世代には、研修のエッセンスを含めた講演会を短時間で実施している
・マネーについてはファイナンシャルプランナーによる個別相談も実施している
いずれの企業も雇用環境の変化対応、自社の人事制度変更とリンクした形で、社員の意識変革・行動変革を促す研修や個別相談を実施しているといえます。 それぞれの企業の目的に合わせた制度設計や研修・フォローのしくみが重要です。
今後のシニアビジネスパーソンの働き方
前述のようにシニア層を取り巻く環境としては、本人に働く意思があれば定年後も働ける環境は整っていくということです。 また、ライフ・マネー上の老後資金確保の観点からも定年後の5年間を働いて収入を確保することも重要なポイントとなります。
しかし、現状の多くの中高年ビジネスパーソンは、60歳定年をゴールに置いて50代のキャリアを着陸準備期間と考えているのではないでしょうか。 もし、従来の延長線的な働き方で、今までより一歩引いて何とか定年後の5年間を看過なく過ごしたいと考えているのであれば、その考え方はすぐにでも改めて欲しいと思います。
何故ならば、今後のシニア層のキャリア環境はさらに大きく変わっていくからです。 定年再雇用後であっても、当然にひとり一人の仕事の成果が求められ、仕事への取組み姿勢や培ってきたノウハウ・知見の発揮、 新しい仕事へのチャレンジが求められるようになっていくからです。
その結果、ひとり一人の報酬額もそれなりの成果連動型へ変わっていくことが考えられます。 私は、来るべく時代に対応するために、次の2点を準備しておくことをお勧めします。
定年がキャリアのゴールではありません。 確かに大きな節目ではありますが、決してゴールではありません。 今こそ、働き方をしっかり見直してさらに自分自身の価値を高めつつ、今までとは異なる場面でそれを発揮するときです。
まだまだ、自らが主体的・積極的に仕事に取り組むことで働き甲斐を実感し、組織にも貢献する働き方を意識すべきだと思います。
そのためには、多くのシニア人材が担うであろうアドバイザー役割・伝承役割・後進人材育成役割だけでなく、 自分ならではのキャリアや専門性を活かしたユニークな役割を磨き続けておくことが必要です。
シニア層が働き甲斐を実感し自らが周りの役に立つことを実感するためには、まずは自分自身の内発的価値観を理解することがもっとも重要です。 しかし、多くのシニアビジネスパーソンは、組織の価値観を優先するあまり自分本来の内発的価値観を見失ってしまっていたり、 逆に組織に頼り切ってしまい主体的に自らの内発的価値観を発揮する意欲が減退してしまっている状況に陥っているように感じます。
私は、自分らしいキャリアを歩むためには、 仕事の面だけで考えるのではなくキャリア(仕事)・ライフ(人生)・パーソナルファイナンス(お金)の3要素を統合的に考えてデザインすることが大切だと考えています。
たとえば、仕事の場における役職や報酬といった外発的価値観に基づいたキャリアの充実は、役職定年や定年再雇用といったキャリアイベントにより簡単に崩壊することが考えられます。
また、自らの価値観を貫き通 したいあまり周囲の役に立つことができなくなってしまうこともあり得ます。 現実の世界に生きる私たちは、仕事における働き甲斐や充実感を得ると同時に、社会的貢献価値や社会的存在感を感じ、さらに生活の糧を得ることも必要になります。
したがって、キャリア(仕事)・ライフ(人生)・パーソナルファイナンス(お金)の3要素に関わる内発的価値観を理解し、その価値観を今後のキャリア・ライフの場面で、 どのようにバランスさせながら実現していくべきかをしっかりとデザインすることが大切になります。
おわりに
冒頭に申し上げたとおり、私は、多くの企業の現場で、ミドル層シニア層のビジネスパーソンへのキャリア・ライフ・マネーの研修を実施し個別相談も実施しています。
その場では、「役職定年後は、後進に道を譲り、後輩の邪魔をしないように一歩引いて仕事をしたい」という発言や、「定年再雇用後は、仕事の範囲や権限がなくなるので、 会社に言われたことをつつがなくこなしていきたい」といった発言が聞かれます。
しかし、今まで多様な経験をし、知見・ノウハウ・スキル・技能・資格といったキャリア資産を蓄えてきたビジネスパーソンの視点として物足りなさを感じるのは私だけでしょうか。
そもそも、一歩引いて仕事をしていたらその仕事がうまくいかず、結果、周囲の役に立てないことは明白です。 そんなことは長いキャリアの中で嫌というほど経験してきたのに、何故、50代の役職定年や60歳の定年の段階でそのような発想になってしまうのでしょうか?
それは自分自身の内発的価値観を見失ってしまっているからだと私は思います。 長いキャリアの中で身につけてきた知見・ノウハウ・スキル・技能・資格は重要な資産ではありますが、自分自身の内発的価値観と結びついているからこそ、 今後の活躍に活かせるキャリア資産といえるのではないでしょうか。
多くのシニア人材が培ってきたキャリア資産を活かして従来とは異なる場でそのキャリア資産を活かし、仕事の働き甲斐や達成感、 人生の生き甲斐や充実感を味わっていただきたいと思います。
前述した自動車部品メーカーでは、製造部門・技術部門の海外展開が進み、シニア層のノウハウを伝承する対象が国内にはいないという現象も生じています。 しかし、自分自身の内発的価値観に気づき、キャリア・ライフ・マネーを統合的にデザインすることで海外勤務を希望し、 働きがいや生きがいを実感しているシニア人材も少なくありません。 私自身も50代前半から意識的に実践してきているつもりですが、活躍の場のテーマは、海外展開、業界貢献、他企業支援、他者支援、起業、ボランティアなど、 自分自身の内発的価値観に結びつくものであればどのようなテーマでもよいのではないでしょうか。
多くのシニア人材が培ってきたキャリア資産を活かして新たな場面で活躍することが、これからの真の日本の再生に結びついていくのだと思います。