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はじめに(「パリ協定」発効の行方)
2020年以降の地球温暖化対策の国際ルール、「パリ協定」の発効が有力となった2016年11月4日、日経朝刊9面には「脱炭素時代 幕開け」という大きな文字が、見出しを飾っていました。しかし、米国のトランプ大統領の誕生(2017年1月20日)によって、同協定の発効が危ぶまれています。2013年から14年にかけて公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書には、地球温暖化は95%以上が人為的な要素によって引き起こされている気候変動であると断定しており、今日では、このことは多くの人々が認めるところです。
「パリ協定」の発効要件には2つあり、一つは批准国数が55カ国以上で、この条件はすでにクリアされています。一方もう一つの、温暖化ガス排出量が55%以上については、米国の協定離脱により難しい状況にあります。主な批准国の温暖化ガス排出量割合は、中国20.1%、EU6.2%、インド4.1%、カナダ2.0%、メキシコ1.7%、日本3.8%、そしてその他13.8%を合算しても51.7%で、55%に達しません。ただしこれは、京都議定書の発効条件と類似しており、今回も米国抜きでもロシア7.5%が批准に加わってくれると、51.7+7.5%=59.2%となり、温暖化ガス排出量においても「パリ協定」は発効に至ることになります。
「パリ協定」の主な批准国の温暖化ガス削減比率と削減活動の意義
主要国の温暖化ガス削減比率は、中国が2005年比で2030年までに60〜65%(GDP比)、欧州連合(EU)は1990年比で2030年までに40%以上の削減、インドは2005年比でGDP当り33~35%の削減、日本は2013年比で2030年までに26%の削減を、それぞれ目標値として挙げています。ちなみに、米国は2005年比で2025年までに26~28%の削減目標を掲げていました。いずれにしても、中国に次ぐ第2位の温暖化ガス排出量(17.9%)を持つ米国が協定を離脱することは、温暖化対策と阻止に向けた活動の足を引っ張る要素になることは、間違いないところと言えます。
すでに地球温暖化は加速しており、シベリアの永久凍土の融解により、凍土に閉じ込められていたメタンガス(CH4:地球温暖化係数は、二酸化炭素の25倍)の、大気中への放出が始まっているとの報告があります。気候の変化を予測するための全球気候モデルを炭素循環モデルと結合すると、二酸化炭素の増加と気温の上昇には正の相関があると説明されています1。米国の協定離脱は別にしても、私たちは地球温暖化ガスの削減はもとより、温暖化による豪雨や突風、竜巻、そして台風の巨大化ならびに豪雪と寒冷、また、高潮や干ばつなど、過去の実態情報を基に具体的な対策の仕組みを考え、それを実行する段階に来ていると考えます。
企業の社会的責任の意味付けの変化について
以上のような気候変動に関する世界的な動き(地球温暖化の進展)に呼応してか、最近の私企業はCSR(企業の社会的責任)の表現を弱めて、ESG(環境社会ガバナンス)への取組みを強調するようになってきています。2016年8月13日の日経朝刊の「Voice」で、フランスのビジネス・スクール(HEC経営大学院)の学長ピーター・ドット氏は、「これから環境保護、持続的可能性の追求が企業成長のキーワードになる」とのメッセージを発しています。また、同年8月31日の日経夕刊の日本株番付では、「ESG投資」に取組む会社の株価上昇率が高くなっていることを紹介しています。同記事には、ESGが環境、社会、統治の英語の頭文字をとったもので、この活動レベルを米国に活動拠点を置くMSCI(モルガン・スタンレ・キャピタル・インターナショナル)が、株価指数に反映する手法を開発し、企業の格付けをしていると書かれています。日本における2016年3月から同年8月までの間で、最も株価の上昇率が高かった企業は、関西ペイントの25.3%であったと紹介しています。
企業への格付けに社会貢献や環境への取組みを指数評価したのは、今から26年前
企業評価に社会貢献活動のレベルを指数として反映させる考えは、ドミニ・ソーシアル・インベストメンツ(米国)の創始者であるドミニ氏によるもので、1991年6月に企業の財務基準だけではなく、社会貢献度や環境への配慮を高めた企業に積極的に投資する基準、“ドミニ400インデックス”という企業評価手法を開発しています2。以後、社会的責任投資(SRIファンド)として広く普及した実績があります。日本も1996-7年頃にこのSRIファンドが話題となり、一時は積極的に投資対象になったことがあります。筆者が関与した「日本環境計量証明事業厚生年金基金」においても、環境事業に関わる企業の基金団体という立場から、SRIファンドを投資対象として検討した時代がありました。
うがった見方をすれば、当時「パリ協定」批准の進展を見ること、加えて地球温暖化の深刻化に伴い、従来のCSRを超えた企業の取組みとして、ESGが企業の必須要件だというプロパガンダがスタートしたと見ることもできます。
終わりに(CSRの主張力が弱くなった背景とESGの登場)
私見ですが、ESGが目指すべき内容は、従来のCSRと基本的には変わらないものと思われます。しかし最近は、企業からCSRに関するメッセージが、一般社会に届かなくなってきているように思われます。かつては、企業の社会的責任報告書(CSRレポート)が冊子で発行され、これを楽しみにしていた一般読者の方が大勢いたと思われます。企業の環境保護活動の初期は「紙」「ゴミ」「電気」と言われましたが、その中での「紙」はCSRレポートも該当するので、近年は企業のホームページ上でデジタル情報として公開されるようになってきました。紙の消費を減らす意味では効果的であったと考えられますが、肝心なCSR活動の内容について、広く一般の人々に知っていただくという点では、低迷してきているように考えます。コンピュータの性能が飛躍的に向上し、CSRレポートの内容が、文字情報はもちろん綺麗な絵や写真をふんだんに使い、最近では動画も加わり、膨大な情報量となっています。一般の人々は情報の洪水となったCSRレポートから、これだとする情報を取り込むことができなくなった。故に、情報を見なくなったというのが実際ではないでしょうか。加えて、CSRを謳った企業の不祥事(主にイノベーションの遅れや、事業見通しの誤りなどから、財務評価を大幅に落としている)などが頻度高く紹介されている中で、CSRが空洞化してきたと見ることができるかも知れません。
そこで、地球温暖化防止対策は待ったなしの状況からESGを登場させることで、企業の活動のあり方を見直し、同活動の再活性化を狙ったように筆者は見ていますが、皆様はどう考えますでしょうか。
1「気候-炭素循環フィードバック」http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2010/2010_05_0060.pdf
2 日経フォーラム世界経営者会議http://www.nikkei.co.jp/hensei/ngmf2004/r_domini.html