環境と災害<第1回>


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はじめに:連載のねらいと内容

およそ人間はイメージできない状況に対する適切な心構えや対策準備を行うことはきわめて困難です。もう少し踏み込んで「不可能」といってよいかもしれません。

こうした考え方から、「現在の防災上の問題は社会のさまざまな立場の人々(中略)が災害状況を適切にイメージできる能力を養っておらず、この能力の欠如が最適な事前・最中・事後の対策の具体化を阻んでいる点にある」とする意見があります1)。

これは都市防災上の課題を述べたものですが、環境災害注1)についても同じことがいえるのではないでしょうか。これが今回の連載を始めた理由です。

そして、環境災害の種類、発生機構と特徴、対策事例など環境災害にかかるイメージ醸成に役立つと思われる事項。これがこの連載で取りあげる予定の内容です。

さて、こうした環境災害についてのイメージづくりの前提として、まず環境災害の発生状況を概括的にながめるところから本連載を始めたいと思います。そのうえで、環境災害の種類、発生機構などに関する教科書的な解説を何回かにわたって行います。

ところで、ここでの解説は「教科書的」な内容ではありますが「教科書」ではありません。また、本誌パイロット版で述べた環境と災害の双方向的関係のうち一方の側面、すなわち災害が環境問題を引き起こす場合を中心に話を進めることもお断りしておきます。

これは環境悪化が災害の原因となる場合について筆者が有する知見が今は限定的であるためで、問題の緊急度・重要度が低いためではありません。なお、原子力災害による環境問題については、本誌別冊『東日本大震災環境的側面の検証と今後』として取りまとめられています。そこで、この連載では限定的な取扱いになると思います。

筆者:ECOLOGライター(松村隆、杉山智春、浅井航平)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年4月号)」より再編集して掲載しています。)

 

1.環境災害の発生概況

日本での環境災害の発生状況について、ここでは事故由来の環境問題、とくに事故由来の突発的な水質汚濁問題(以下、水質汚染事故)に的を絞って、その発生状況をながめてみます。

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1.1 1級河川水系での発生状況
日本の1級河川水系では、かつては年をおって事故件数が増加していたものが、この平成18年の1,545件をピークに最近5年間(平成19年から23年)は年による変動はあるものの約1,250~約1,490件の間でおおむね横ばいの状況にあります。

この発生件数の値は、平均すると毎日4件程度の水質汚染事故が1級河川109水系のどこかで発生していることを示しています。

さて、河川は私たちの毎日の生活や経済活動と深く結びついています。何よりも私たちは水なしに生きていくことはできず、その飲用水源のほとんどを河川に依存しています。

また、農業用水や工業用水としても河川の水は用いられ、アユなどの水産資源を支える重要な存在でもあります。したがって、水質汚染事故はその水域(この場合は1級河川水系)での多様な水利用への被害を引き起こす場合があります。

1級河川水系での水質汚染事故のうち約2%(年間30件前後)が上水道の取水停止といった重大事故につながっています。

 

1.2 水道事業への被害
いうまでもなく水道水源としての利用は1級河川に限られるわけではありません。そこで、厚生労働省の資料3)を用いて、日本の水質汚染事故の発生状況を水道事業への影響との観点からながめてみましょう。

なお、ここでの「水質汚染事故」とは、「水道事業者等が通常予測できない水道原水の水質変化により、給水停止または給水制限、取水停止または取水制限、特殊薬品(粉末活性炭等)の使用のいずれかの対応措置を行ったもの」とされています。

さて、水質汚染事故の発生件数は、年間約200件を上回る状況にあります。事故件数は平成14年度までは年間おおむね150件前後を推移していたことから、最近は水質汚染事故の発生件数は増加傾向にある、というのが水道事業の立場からの結論になっています。

また、近年の傾向としては、油類を原因とする事故件数が全体の約50%を占める状況が継続しているとされています3)。

年間80件前後の水道被害が水道事業者等で生じており、そのうち10数件では給水停止または給水制限の措置を取らざるを得なかったとされています。1.1で述べたように1級河川水系における水質汚染事故では給水停止または給水制限を余儀なくされた事故事例は報告されていませんが、全国の水系にまで調査対象を広げると水質汚染事故が水道供給に支障を及ぼすようなきわめて重大な被害を引き起こす場合があることがわかります。

ここで、平成20年度の水質汚染事故の状況をやや詳しく見てみましょう。平成20年度に発生した水質汚染事故の総件数は235件であり、確認できた汚染原因としては工場等が13.6%、車両6.4%、土木工事4.3%、農業・畜産業1.7%となっていますが、全体の57.0%が原因不明とされていることに注意が必要です。

 

1.3水質汚濁防止法の措置状況
水質汚濁防止法では、事故時対策が対象施設と対象物質の拡大という形で逐年強化されてきています。具体的には、同法第14条の2で「事故時の措置」を定め、同法で定める特定事業場、指定事業場および貯油事業場に対し、事故により人の健康や生活環境に被害を引き起こす恐れがあるときは応急措置を講ずるとともに都道府県知事に届出を行うことが求められています注4)。

過去5年間(平成19年度から23年度)で見る限り、平成21年度を除くと200件弱の水準で横ばい状態にあります。特定事業場にかかる届出数は185件(内訳は公共用水域関係175件、地下水関係10件)、平成22年の法改正で新たに追加された指定事業場にかかる届出数は89件 (内訳は公共用水域関係71件、地下水関係18件)、そして貯油事業場にかかる届出数は229件(内訳は公共用水域関係195件、地下水関係34件)となっています。

このように貯油事業場での措置届出が多いことは、上述のように、水道事業にかかる事故件数のうち油類によるものの割合が大きいことと対応しています。なお、「公共用水域」には海域も含まれます。

 

 

2.汚染事故発生状況の特徴

 

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ここまで1級河川水系における水質汚染事故の発生状況、水道事業への被害状況および水質汚濁防止法に基づく措置状況を概観しました。本稿の最後に、これらのデータから見えてくる水質汚染事故の発生状況の特徴的な点をまとめてみましょう。

第1は発生件数の推移についてです。直近4~5年間の水質汚染事故の発生総件数をみる限り、少なくとも全国レベルでは件数は高止まりの状態で推移しているように見えます。言い換えると、以上のデータは、関係者によるさまざまな取組努力が重ねられているにもかかわらず、水質汚染事故は一向に減らないことを示唆しています。なお、今回言及できなかった季節や地域での違いについては、別の機会に触れる予定です。

第2は水質汚染の種類についてです。油類による汚染事故が継続的に大きな割合を占めています。断定することはできませんが、類似事故が毎年繰り返されている可能性があることがうかがわれます。

第3は水質汚染事故の原因者についてです。工場由来のものが高い数値となっていますが、それに限定されるものではありません。少なくとも水道事業に関わる水質汚染事故に関する限り、汚染事故の原因者(行為)が多岐にわたっていることを示唆しています。

第4は汚染事故と被害の関係です。事故発生件数と被害件数との関係を見ると、必ずしも事故発生件数の多寡で被害発生件数は説明できないようです。しかし、事故発生と被害との関係については、具体的な事例の分析を通じて、検討する必要があります。これまで掲げた4つの点は水質汚染事故にかかる情報の内容に関する事項ですが、最後の点は、事故情報の整備状況についてです。

すでに気づかれているように、最近の水質汚染事故も含めた体系的な情報は筆者らが承知している範囲では確認できませんでした。これが第5の点ですが、この点については、次回以降に改めて述べることにしたいと思います。

 

 

おわりに:次回以降の予定
今回は本連載のいわば前説として、連載のねらい、環境災害の発生概況について述べました。次回以降、環境災害の種類、発生機構などより具体的な内容について述べていきたいと思います。また、事故事例や事故対策に携わっている専門家・関係者の方々からの報告・解説などにより、できるだけ環境災害に関する1次情報を追加する予定です。

 

注1)地震などの自然災害や爆発・火災といった事故災害が環境問題を引き起こす場合があります。一方、最近の調査・研究によれば地球温暖化など環境変化が災害発生の原因となることが指摘されています。この両者‐災害由来の環境問題と環境悪化が引き起こす災害‐をあわせて「環境災害」と呼んでいます。
なお、災害対策分野では厳密には危害因子(hazard)と災害(disaster)を分けるべきであり、たとえば自然災害との用語は適切でない(具体的に は自然危害因子(naturalhazard)というべき)との意見もあります。こうした厳密な整理に従えば、ここでの「環境災害」との文言も避けるべきということになりますが、ここでは「災害」との文言を一般的な用例で用いています。

注2)国土交通省の資料では「水質事故」としていますが、ここでは読者の便宜を考え「水質汚染事故」との文言で統一しました。

注3)ここでの「水道事業者等」は同調査で対象とされた水道事業者、水道用水供給事業者および専用水道を指します。

注4)水質汚濁防止法では、「特定施設の破損等により有害物質や油を含む水が公共用水域に排出又は地下浸透し、人の健康や生活環境に係る被害を生ずるおそれがあるときは、特定事業場の設置者は、直ちに当該有害物質、油を含む水等の排出・浸透防止を図るべく応急措置を講ずるとともに、速やかにその事故の状況と講じた措置の概要を都道府県知事に届け出なければならない」とされています(法第14条の2第1項)。
また、平成22年の改正強化(平成23年4月1日施行)により「指定施設」との施設概念が創設されました。そして「、指定施設の破損等により有害物質又は指定物質を含む水が公共用水域に排出又は地下浸透し、人の健康や生活環境に係る被害を生ずるおそれがあるときは、指定事業場の設置者は、直ちに当該有害物質又は指定物質を含む水等の排出・浸透防止を図るべく応急措置を講ずるとともに、速やかにその事故の状況と講じた措置の概要を都道府県知事に届け出なければならない」とされています(法第14条の2第2項)。
さらに、特定事業場以外の工場や事業場で貯油施設等を設置する者についても「、当該貯油施設等の破損等により油を含む水が公共用水域に排出又は地下浸透し、生活環境に係る被害を生ずるおそれがあるときは、直ちに当該油を含む水の排出・浸透防止を図るべく応急措置を講ずるとともに、速やかにその事故の状況と講じた措置の概要を都道府県知事に届け出なければならない」との規定が設けられています(法第14条の2第3項)。
そして、都道府県知事は、「特定事業場の設置者、指定事業場の設置者、貯油事業場等の設置者がこれらの応急の措置を講じていないと認めるときは、これらの者に対し、応急の措置を講ずべきことを命ずることができる」とされています(法第14条の2第4項)。

―引用図書・資料―
1)目黒公郎・村尾修:都市と防災、放送大学教育振興会、2008
2)国土交通省水管理・国土保全局河川環境課:平成23年全国一級河川の水質現況、2012
3)厚生労働省:水質汚染事故等の発生状況(水質汚染事故による水道の被害及び水道の異臭味被害状況について)、
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kikikanri/03.html
4)環境省水・大気環境局水環境課:水質汚濁防止法等の施行状況

 

 

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