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2015.12.18

シニア人材の一層の活躍に向けてのあり方


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はじめに

日本は,世界に類を見ない速度で高齢化が進行しています。企業においてもシニア人材(おおよそ50歳以上)が増大していますが,企業内ではシニア人材の活躍の場が閉ざされ,ひとり一人の能力,意欲が十分に発揮されることなく,貴重な人的資源が必ずしも有効に活用されていない状況にあるといわれます。

こうした状況を踏まえ,企業活力研究所は第一線で活躍する企業人,学識者,専門家等で構成される研究会を2011年9月に設置し,翌年3月まで計7回の研究会を行い,
アンケート調査や委員発表を踏まえて検討を行い,「シニア人材の新たな活躍に関する調査研究報告書」を取りまとめました。本稿では,その概要を紹介します。

 

 

シニア人材をめぐる状況

雇用状況

50歳以上のシニア人材が企業の中で占める割合は,1975年には17%でしたが,年々増加し,2010年には34%と全体の約1/3を占めるまでになっています。このうち60歳以上は15%を占めるに至っています。

シニア人材の活用において,体力の低下やそれに伴う事故の発生が問題の一つとなっています。

また,公益財団法人総合研究開発機構の報告書によれば,労働生産性は,若手から年齢を増すごとに向上し,40歳代後半をピークに,50歳代以降は下降する傾向がみられます。

一方,企業においては,シニア人材の退職増加に伴い,技能の継承が問題となっています。厚生労働省の「能力開発基本調査」(2011年)によれば,製造業において49.1%の事業所が,シニア人材の退職に伴い技能継承に問題があるとしており,とくに1,000人以上の事業所では58.9%で問題があるとしています。

 

関連政策動向

シニア人材の働き方については老齢年金の支給が関係します。老齢年金の年金額は,報酬比例部分と定額部分を合算した額となりますが,定額部分の支給開始年齢は65歳まで段階的に引き上げられてきており,男性の場合2013年度から,女性の場合2018年度から65歳となります。

その後報酬比例部分の支給開始年齢も65歳まで引き上げられることとなっており,男性の場合で2025年度から,女性の場合2030年度から65歳となる予定です。

また,高齢者の雇用の安定等に関する法律が2006年に改正施行され,企業は2012年度までに65歳まで雇用延長することが義務となり,65歳未満を定年としている場合には,定年の廃止,定年の引上げまたは継続雇用制度の導入のいずれかを措置することが義務付けられました。

その際には,継続雇用制度は原則として希望者全員を対象とする制度の導入を求めつつも,各企業の事情に応じて,労使協定により基準を定めて,基準を満たした者のみ継続雇用制度を適用することが認められていました。

厚生労働省によれば,2012年において82.5%の企業が継続雇用制度の導入,14.7%が定年の引上げ,2.7%が定年の廃止で対応していました。

また,高齢者のうち24.8%が継続雇用を希望せず定年により離職し,73.6%が継続雇用され,1.6%が基準に該当せず離職していました。昨年さらに法律が改正され,2013年度からは労使協定による基準制度は廃止され,希望する者すべての雇用継続が義務付けられることとなりました。

 

 

アンケート調査結果

シニア層(312人),若手・ミドル層(312人)に対して,インターネットを利用したアンケート調査を行いました。

各層とも年代を3区分に分け,区分ごとに同数とし,また男女別にも同数としました。その調査結果の概要は次のとおりです。

 

シニアの希望,不安

シニア層の多く(男性7割,女性6割)が65歳以降まで働きたいと考えており,60歳以降の働き方としては大部分が「今の会社または関係会社」(男女とも53.8%)で,これまでの経験を活かした「今の職種」(男性66.3%,女性62.5%)での雇用を望んでいます。

シニアが希望する勤務形態については年金受給前では「週5日以上のフルタイム勤務」(59.9%)が圧倒的に多いですが,年金受給後ではその割合が25.3%まで低下し,「週3~4日の短時間勤務」(26.9%),「週3~4日のフルタイム勤務」(23.7%)を希望する人が増加しています。

シニアが働き続けるうえでの障害・課題については,「自分を受け入れてもらえる仕事を見つけられるかどうか」(52.2%),「肉体的衰えなどの身体的事情」(51.0%)が高い割合を占めています。

 

職場におけるシニアの良い点,悪い点

若手・ミドル層がシニアと仕事をすることでメリットに感じることは,「高い技術,ノウハウなどを持ち,教えてもらえる」(62.8%)がもっとも高く,次に「人生の相談相手として,経験を活かしたアドバイスがもらえる」(59.9%)が続いており,技術や経験が高く評価されています。

他方,デメリットと感じることは,「過去の経験に固執している」(56.7%),「柔軟性にかける」(49.4%),次いで「事務的な仕事を自分でやろうとしない」(37.2%)となっています。
〈自由記述欄における若手・ミドル層の意見例〉
・過去の栄光にこだわり,若かった頃のやり方を通そうとする。視野が狭い,
頭が固い,形しか頭にない。
・説教ばかりせず,協調性と柔軟性をもってほしい。
・謙虚な姿勢を持つべき。
・高圧的な態度を改めてもらいたい。
・言うことはいいのだが,行動が伴わない場合が多い。
・ちゃんと仕事をしてほしい。
・もっと自分で事務処理をやってほしい。
・PCを使う作業を拒否し,他人任せにする。
・有能なシニアは会社にとって宝と思う。
・自分の持っている知見を惜しみなく教えてほしい。

現在の職場におけるシニアと若手・ミドル間のコミュニケーションや協力関係について,「うまくいっている」と考えるのは,シニア層の男性が41.7%,女性が50.0%であるのに対し,若手・ミドル層では男性が27.6%,女性が35.2%と低く,両者の意識にはズレが生じています。

〈「うまくいっていない」と回答した者のコメント例〉
・人の話を聞かないシニアが多い。(32歳女)
・シニアに違う意見を言うと超機嫌が悪くなるから,
会話するだけムダ。(37歳男)
・仕事以外の話題が合わない。(50歳男)
・仕事に対する認識の違いがあり,目的の共有ができていない。(25歳女)
・価値観が違い過ぎる (41歳男)
・仕事に対する取組み,姿勢が異なる。(62歳男)
・シニアがわがまま過ぎてついていけない。(26歳女)
・ シニアが仕事をしない。(57歳女)
・若い人は先輩をうっとうしがる傾向があり,シニアも若手に妙に気を遣う風潮で,
昔のように年功序列でないので,職場は難しい空気が流れている。(52歳女)

地位が逆転することへの抵抗感があるのは,シニア層では2~3割であるのに対し,若手,ミドルは6割を占めています。

 

シニア向けの研修

シニア層で自らのキャリアプランやライフプランを考える機会が「これまでにあった,または今後ある」(50.3%),「これまでも,今後もないが,今後そういう機会を希望する」(31.1%)と,キャリアプランやライフプランを検討したい人は8割以上に上っていますが,その方法については,「勤務する会社が提供する研修などに参加」が約3割に留まっています。

 

現在勤務する企業外への転進

職業人生二毛作(人生のある時期で,それまで培ってきた経験・スキル・技術などを活用して,働く業種や職種を大きく変更したり,会社を辞めて起業するなど,別の分野の職場で活躍すること)については約8割が賛同しており,そのうち半分は「実行してみたい」「実行している」としていますが,残りは「実行することはできない」としています。

また,シニア層では,現在よりも小規模な企業について,「働きたい」という意思を示す人は半数に上り,「働きたくない」は1割未満と少なく,現在よりも小規模企業で働いてもよいと考える人が多いです。

シニア層で起業する意思のある人は18.3%に上り,とくに男性の50~54歳では26.9%と,他の年代に比べて起業に前向きです。

 

 

シニア人材の活躍に向けた基本的な考え方や企業の取組み状況

研究会では学識者や企業委員などからも発表がありましたが,その概要は次のとおりです。

 

シニア人材の活躍に向けた考え方

・シニア層を社会保障の「シェルター(殻)」で守る政策から,自立して自分で働く環境を作ることを促す「翼の補強」へと転換することが必要です。

・シニア人材は,加齢に伴い心身の能力が低下すること,個人の能力差が大きくなることに配慮する必要があります。

・シニア人材は,体力等の衰えで日常業務の処理・遂行力(テクニカルスキル)は低下しますが,年齢,職責とともに人や組織に関する力(ヒューマンスキル)
と物事の本質を把握する力(コンセプチュアルスキル)が向上しますので,シニア人材ならではの強みを認識することが必要です。

 

企業内における取組み

高齢者の雇用制度については,60歳定年で,働く意欲があり,健康に支障がない人について,本人が希望すれば65歳まで再雇用している企業が多くみられ,その場合,給与は現役時代よりも削減されます。

どの企業においても定年後再雇用を希望する人は90%と高い割合です。再雇用する際の職務については,原則同じ職場での職務とする企業と,本人の希望や適性を面談して職務・配置を提示する企業とがあります。

・ある企業は,65歳まで希望者全員を再雇用し,65歳以上でも会社が必要とする人を雇用する制度を作りました。

また,再雇用者の呼称を一律に「嘱託」とするのではなく,対外的に通用し,モチベーション維持につながる「プロフェッショナルアソシエイト」などの呼称に変更しました。

・定年年齢を65歳とし,役職定年制を設けず,働き方が同じであれば,59歳での職務・処遇を65歳まで継続し,60歳を超えての昇格,昇進も行う企業もあります。

・再雇用終了後も,高い専門性やスキルを持っている人材を雇用する制度を持つ企業もあり,そこでは専門分野で活躍している70歳代~80歳代の人もいます。

・管理職の中でも卓越した専門性で組織に貢献するプロフェッショナルに対して専門性を処遇する資格を新設するとともに,グループ長職(課長級相当)について55歳役職定年制を廃止し,60歳定年まで継続可能とした企業もあります。

・50歳以上59歳未満を対象としてシニア転進コースを設け,定年を待たず,自己のライフプランを実現することを支援し,一定の支援金の供与および再就職支援を行っている企業もあります。

シニア人材のライフキャリアデザイン研修の取組み

どの企業も定年を前に,定年後の働き方,意識改革(マインドチェンジ)のための研修を行っています。企業により研修の年齢が,50歳,54歳,定年前など異なっています。
・定年後の働き方として,再雇用以外に,外部への再就職の支援や,定年前の転進コースなどを設けている企業もあり,それに合わせた研修が行われています。

・50歳前後の人は現役としてのプライドを持ちつつ,60歳以降を意識するようになりますが,進路選択を目前にビジョンが描けず不安になる人がみられます。

人材を活性化させるためには,ライフキャリア全体を俯瞰したライフキャリアデザインを構築することが大切であり,コンサルタントによる支援が効果的です。

 

企業の枠を超える活躍

・ビジネスを行う方法として起業をする選択肢があります。起業の場合,大企業の管理職と異なり,何でも自分でやる必要があります。

成功のポイントは,自分自身と自分の事業を客観的に,正確に直視できるかにかかっています。

・ボランティアで活躍する方法もあります。ボランティアを行う団体は数多くあり,自分の興味や希望から広く選択できます。

また,会社の仕事で長年培ってきた知識,経験,技能などを活かすことができます。

・地域デビューには,住んでいる地域のものと,Iターン,Uターンのものとがあります。口だけで手が動かない評論家的な態度,上から目線の態度はよく思われないので気をつける必要があります。

・地方自治体においても,キャリアカウンセリングや再就職,起業・創業支援やシニア就業支援など,シニアの就業を支援する施策が講じられています。

 

 

シニア人材の活躍に向けて

(提言)
高齢になっても可能な限り働き続け,社会に貢献するのは幸福なことです。
また,さまざまな投資をして大事に育て,これまで長期間にわたって尽くしてくれた人材ができる限り働き続けたいと考える思いを受けとめて,活躍の場を提供するのは,優れた企業の姿として期待されています。

しかしながら,企業において十分な体制,環境が整っておらず,シニア人材においても,その働き方について,時代に適合しないなど,改善すべきところがみられ,
企業における対応だけでは限界もあります。

このような認識の下,シニア人材の活躍に向けて,企業,シニア人材,企業以外のあり方について以下のとおり提言をとりまとめました。

 

企業における取組みのあり方

① 企業は,シニア人材を単にコスト要因として捉えるのではなく,企業の利益に貢献する人材として捉え直し,シニア人材ならではの活躍の場の提供や役割の設定にコミットすべきであり,その働きに見合った処遇を行うことが重要です。

その際,若手社員や中堅社員とシニア人材を組み合わせて,一緒に仕事をさせたり,研修を行って,お互いの良さをそれぞれ学び合い,お互いから気づきを得るという取組みを行っている例は参考となるものです。

② 企業には,加齢に伴う体力の衰えを補完する設備や制度の整備に努めることが期待されます。

たとえば,視力低下対策として拡大鏡の設置,目盛からデジタル表示への変更,聴力低下対策として騒音源となる事務機器の隔離,柔軟な勤務時間制度などが考えられます。

③ 企業は,シニア人材のライフキャリアデザインを支援することが必要です。たとえば,50歳前後で会社生活の見通しや,会社以外の活躍の場を含めた人生設計を考える機会を与える研修を行い,50歳代後半にライフプラン選択の面接を行うなどが求められます。

また,若いうちから企業人としての役割以外の社会的役割に立った活動もできるようにする教育も行うことが望ましいです。

④ シニアの年齢になったのを機会に別の会社で働いたり,起業したり,ボランティアなどの社会貢献活動をしたいと考えるシニア人材に対して,企業は送り出す側の責任として,転身や起業のための情報,機会,時間などを提供することが期待されます。

 

シニア人材自身による働き方に関する意識と行動の変革のあり方

① シニア人材は,自らの仕事人生に自分なりに責任を持ち,役割を果たすことが重要です。

そして,技術や時代の変化に対応した職務能力を習得し,自らの手を動かして仕事をこなすことを含め,報酬に見合う価値貢献をすることが必要です。

② シニア人材は,他の世代と円滑に仕事を進めるうえで,これまでの経験や人間関係にとらわれ過ぎない柔軟な考え方を心がけることが必要です。

とくに,謙虚な姿勢で人に接し,上から目線で話さないこと,過去の自慢話が多くならないようにすることなどに留意すべきです。

③ シニア人材は,加齢に伴い自分ができると思うことと実際にできることにギャップが出てきていることを自覚し,健康維持に努めることが必要です。

 

企業の枠を超えたシニア人材の活躍に向けた支援

① 国および地方自治体は,企業の枠を超えたシニア人材の活躍の場の開拓,拡大に資するため,シニア人材が活躍できる分野や地域の特性をわかりやすく示すとともに,活躍しているシニアの情報を収集し,発信することが期待されます。

② 地方自治体等公的機関,民間のマッチングサービス企業やNPOは,地域の特性や受入れ側企業の事情を十分に踏まえたきめ細かなマッチングサービスを普及させることが期待されます。

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