地球温暖化対策「パリ協定」の 発効後に考えられる課題

オーエスラボ株式会社 代表取締役


1.はじめに

公害(環境)問題の解決に取り組んできた者にとっ て、1972 年に出版された「成長の限界[1]」の警鐘は、 強いショックとインパクトを与えたに違いない。同じ 年にスウェーデンのストックホルムで「国連人間環境 会議[2]」が開催されている。当時、環境問題と言えば 化学物質による汚染問題が主流で、地球温暖化に対 する認識は極めて低かったように思う。かく言う筆者もその一人であった。

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しかし、「2052今後40年のグローバル予測」の著者であるヨルゲン・ランダー ス[3] はその著の中で、「問題解決の発見と認知が遅れ ることにより、地球の収容能力を超えてしまう」、つまり「オーバーシュート(需要過多)」を招き、地球が もつ様々な収容能力の破綻を招くことを、すでに「成 長の限界」で予測していた。これは、単に化学物質に よる地球環境汚染にとどまらず、人類の増加と産業 の拡大に伴い増大するエネルギー消費による地球温 暖化の問題をも予測していた。しかし、地球温暖化への取組みは、それが目に見える状況に至って、ようやく1988 年に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が組織された。 翌年の1989年にベルリンの壁が崩壊し、それまで欧米や日本など12億人による資本主義経済体制 が、一気に 40 億人に膨れ上がった。つまり社会主義 や共産主義を進めてきた国々(中国、ロシア等)が資 本主義経済システムを採用し、猛烈な勢いで化石燃料を始めとする地球資源の消費を加速させることになった。

 

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画像引用:外務省 http://www.mofa.go.jp/

こうした動きに対して、1992 年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された「地球サミット(国連環境開発会議)」では、地球資源の活用を一定のルー ルの下で進めようとの趣旨から、「アジェンダ 21」を 明らかにし採択されたが、必ずしも期待通りに資源活 用が進められとは言えない。こうした状況に鑑み、温 暖化の阻止とエネルギー消費の側面でブレーキを掛 ける意味合いから、1997 年に「気候変動枠組条約 第 3 回締約国会議(COP3)」で、「京都議定書」が採 択された。しかしその発効は、2004 年にロシアが 批准してようやく2005年2月に発効に至った。京 都議定書による第一約束期間は 2008 〜 2012 年の 5 年間で、しかもこの時の温室効果ガス(GHG)の削減義務を課せられたのは、ロシアを含む付属国I国のみで、米国は批准拒否、カナダは途中で離脱した。 京都議定書では、京都メカニズム{炭素クレジット: AAU(当初割当分)、RUM(国内吸収源吸収活動によ る吸収量分発効)、CER(クリーン開発メカニズム)、 ERU(共同実施)}、すなわちクレジットを使うことで、 途上国を含め GHG の削減の仕組みを用意したもの の、目覚ましい成果を造り出したとは言えないのが実 情であった。図-1には、1990年と2015年の全 世界の CO2 総排出量を比較したが、1990 年におけ る CO2 の総排出量 203.27 億トンに対して、2015 年では1.65倍の335.08億トンへと増加している。

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現在ではハワイのマウナロア観測所をはじめ、世 界各地のCO2 観測値が400ppmを超えているが、 2016年5月23日には南極で初めて400ppmを超 える値を観測した。これは観測史上初めてで、400 万年ぶりとアメリカ海洋大気局では発表している[4]

以下、「パリ協定」の批准状況と、現在の世界が抱 えている諸課題が「パリ協定」をスムーズに進展させ ることの難しさと、その課題解決の一手法について、 筆者なりの考察を加えたので紹介する。

 

2.「パリ協定」批准状況と日本の置かれた立場

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画像引用 Frederic Legrand – COMEO / Shutterstock, Inc.

日本経済新聞 2016 年 10 月1日朝刊によれば、欧 州連合(EU)が臨時環境相会議で「パリ協定」の一括批 准を決定したことから、急転直下、2016 年11月に は発効される見通しとなったと紹介されている(11月 5 日 に 批 准 に 至 っ た )。 一 方 、 日 本 は 2 0 1 6 年 1 0 月 の 通常国会で、「パリ協定」の承認案を提出する予定と なっていたが、2016 年度内の批准は難しい状況にあ るのが現状だ。「パリ協定」は、地球温暖化対策のお おざっぱな方向性を示した取り決めであって、細かな 内容としての 1排出量の測定手法など技術的な基 準、2排出削減目標を達成したかどうかの検証方法、 あるいは 3排出量取引の活用方法等は未確定であ る 。 こ れ ら の ル ー ル は 、 条 約 締 約 国 会 議( C O P 2 2: 2 0 1 6 年 1 1 月 7 日 )で 明 ら か に さ れ た 。 そもそも 「 パリ協定」の発効要件である批准国 55 カ国、CO2 排出 総量 55%以上は、京都議定書にならって日本などの 主張によって決められた基準である。残念ながら日本は、COP22の締約国会議で京都議定書の時のような リーダーシップを発揮することが難しい。

 

3.地球温暖化における大きな課題について

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世界における資 本(マネー)主義経済の高まりは、結果的に大きな格差社会を生み出している。持てる者はより豊かに、一方、庶民はより貧乏に向う形が 現実のものになっている。特にグローバル経済の加速により、開発途上国は環境配慮を欠いた経済活動を加速させ、かつて先進国が経験した深刻な環境(公害)問題を抱えるに至った。始末が悪いのは、先進国は段階的に様々な環境問題を抱えることで、その都度環境政策を進展させながらステップ・バイ・ス テップで対策の成果を出してきた。しかし、開発途上国は、先進国が経験した環境問題を同時多発的に抱えているのが実態で、その対応には資金や技術面 から遅れが際立っている。開発途上国が、自分たちも先進国並みの経済発展を得る権利があるとして、 地球温暖化ならびに環境問題対策への取組みにハンディーキャプを認めること(例えば、コストのかかる環境保全対策への取組みの猶予など)を求めている故に、地球全体における温暖化や環境保全対策への取 組みがちぐはぐになり、成果が上がらないというのが実情である。加えて先進国においても、途上国の環境規制の緩さと安価な人件費を利用するために、開発途上国をコストの低い生産工場として利用してきたことも、環境改善が遅れている要因となっていると考 える。

かつて日本は1968年に、米国のニクソン大統領の環境教書で、公害を垂れ流す国として、国名こそ 明らかにされなかったものの、貿易上の制限項目として厳しい要求を突き付けられた。日本は直ちに公害 国会を開催し、多くの環境規制法律の制定と同時に、 直ちに対策に取組んだ経緯がある。当時は圧倒的に世界経済が米国依存であったことから、日本は米国の制裁を恐れて対処したのが結果的に功を奏し、今や 環境立国として高い評価を受ける国になった。ところが BRICS の中でも「C」の中国は、世界の工場として機能したことから、生産活動に伴って起こる深刻な環境問題や温室効果ガス(GHG)の排出量抑制等に力を注いでこなかった。日本を含む欧米先進国は、かつて米国が日本に突き付けたような厳しい改善条件を、中国や他の経済発展の著しい国々に対しては、経済依存度の高さから改善要求を強く突き付けられなかっ た。1992 年の地球サミット、1997 年の京都会議等 では、これらの国々の参加なしの地球温暖化物質削減活動になってしまい、地球レベルの成果を上げたとは言えないものになってしまった。さらにこの時は、 先進国のリーダーと言える米国が議定書に不同意で、したがって地球温暖化を加速させる大きなマイナス要素となったことは、多くの関係者の認めるところで ある。その意味で、今回の「パリ協定」の批准は大きな前進ではあるが、大量の温室効果ガスの排出抑制 とすでに温暖化の影響による甚大な被害対応のために、どのような約束事が決められるのか、そこが大きな鍵となることは言うまでもない。

4.2つの投資の必要性を迎えた世界

今や世界は平均して、1年間で生産する財・サービスの75% を消費しており、残りの25% が投資に回されているという。世界が資源枯渇、環境汚染、生態系破壊、気候変動に目を向けなければならなくなり、その結果、従来の投資額より多額の投資が必要 となってきた。加えて投資も大きく 2 つに分かれ、一 つが環境破壊や資源枯渇を避けるための「予防的な自発投資」、もう一つは、資源消費に伴いもたらされた ダメージを修復するための「事後の強制的投資」である 5。ここでの課題は、それぞれの国の財政状況から、 以上の 2 つの投資が現実的に可能であるかという点 である。ちなみに日本の国家財政は、国債などの大 量発行に伴い1000兆円もの赤字を抱えている。毎年の国債の償還や利払いのために、国家予算の40 〜 50%を国債で凌いでいるのが実際である。では、地 球温暖化の更なる厳しい抑制対策と、すでにもたら された被害、あるいは近い将来において受ける可能 性のある被害に対して、どこから 2 つの投資原資を造 り出すのか、極めて深刻な問題である。そこで、筆者 なりの原資捻出の方法について若干の考察を試みた ので、以下に紹介する。

5.タックスヘイブン(租税回避地)の隠された 多額の資金を投資原資に

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経済のグローバル化は、多国籍企業にとってまことに都合の良い節税システムの存在(オフショアビジネス≒外国人や外国企業など非居住者用サービス) が、利益拡大・増収に貢献している。これらに対応する国々をオフショア金融センターと呼び、税を軽減したり免税したりすることで、多国籍企業や個人の富裕 層の資金を呼び込んで、資金の増殖に貢献している。 オフショアビジネスの多くはタックスヘイブン(租税 回避地)で、これらを利用している代表的な国際企業 であるグーグルやアマゾン・ドットコム、あるいは アップルなどは、外国に親会社を置くコーポレート・ インバージョンを利用し、税を払うべき国において適 正に支払いを行っていなかったことから、追徴課税を されている 6。こうしてみると、大手の多国籍企業や 富裕層を抱える国家は、本来取るべき税を十分に集 めきれていないことが現状のようである。

2016 年 4 月に「パナマ文書」が公開されるに至っ て、世界の多国籍企業や個人は、震撼させられる状 況に至ったのは記憶に新しいことである。前述した グーグルやアマゾンについては、パナマ文書で裏付 けられることとなったと言えよう。そこで、4 項で 挙げた資源枯渇や気候変動による 2 つのリスク回避 の投資、「予防的な自発投資」と「事後の強制的投資」 に、租税回避に当たる企業や個人の支払ってもらうべ き税金を当てる、という政策も可能だと筆者は考えた次第である。すべてとは言えないものの、多くの先 進国の多国籍企業あるいは富裕層のみならず、途上 国の政府系企業あるいは、その経営者個人の不正蓄 財からも、税の回収が可能だと考えれば、気候変動 に伴うリスクに向けた取組みが可能ではないかと考え る。ちなみに、中国における不正蓄財から米国に流入した資金量が、1.6 兆〜 3 兆ドルに達すると紹介され ている [5]。また、オフショアに流入している表向きの 資金量は 3000 兆円とも紹介されているが、この資 金が 10 倍にも膨れ上がって移動することで生まれる 増殖資金から、それぞれの関係国が租税を適切に回収できれば、地球問題を解決するための原資の確保 は、難しくはないと筆者は考えた次第である。

6.おわりに

地球の温暖化や環境破壊は、単に経済活動によっ てもたらされるわけではない。世界各地で起こってい る戦争や紛争は、環境破壊の最たるものであること は言うまでもない。戦争や紛争をするには資金が必 要であるが、その原資はどこから生まれているのであ ろうか。戦争や紛争当事国あるいはそのリーダーは、 多分に租税回避地を使い、オフショアビジネスを繰り 返すことで増殖する資金が使われているのが実際で ある。麻薬や不正ビジネスで作られた資金が、もっ ともらしく表の資金(マネーロンダリング≒資金洗浄) として利用されている実態は、既成の事実として行 われているようだ。幸か不幸か、2001年 9 月11日 に起こった米国における同時多発テロ事件から、米国は不正な資金移動の監視を強めており、同盟国にこ れを同調し協力するよう求めている(経済制裁の対象 となる国、法人、個人等のリスト:SDN、Specially Designated National and blocked Persons)。こ うした監視の動きは、表向き正規のビジネスをしてい る企業あるいは個人にも向けられ、実質的には脱税に 匹敵すると評価され追徴課税される事件が多くなっ ている。つまり多くの国々は、本来得るべき税金を適 正に捕捉できていないことが明らかとなってきた。

日本については、脱法的な租税回避を含めた地下 経済の規模は、名目GDPの12〜15%と推計され ている。租税負担率約 20%を考慮すると、そのまま 12 〜 15 兆円の増収が見込まれることになる [6]。地球温暖化問題に真剣に取組むための資金は、オフショアビジネスを炙りだすことで、確保が可能と考 えるのは筆者だけであろうか。

 

【参考文献/注釈】

1 環境用語集「成長の限界」http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=1460
2 「 国連人間環境会議」「http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&ecoword=%B9%F1%CF%A2%BF%CD%B4%D6%B4%C4%B6%AD%B2%F1%B5%C4
3 「ヨルゲン・ランダース」https://www.sotokoto.net/jp/interview/?id=86
4 「南極で観測史上 400 年ぶりに CO2 濃度が 400ppm を超した」http://gigazine.net/news/20160617-antarctic-co2-400-ppm/
5 ヨルゲン・ランダース著「2052 今後のグローバル予測」p469
6 渡辺哲也著「パナマ文書」p47、p156

 

この記事の著者
谷 學

谷 學

オーエスラボ株式会社 代表取締役
環境事業支援コンサルタント・経営士・環境経営士。元グリーンブルー株式会社代表取締役。日本の公害対策の草創期より環境測定分析の技術者として、環境計量証明事業所の経営者として、環境汚染の改善及び業界の発展のために邁進。2007年には経済産業大臣より計量関係功労者表彰を、2013年には経営者「環境力」大賞を受彰。50年にわたる環境問題への取組み実績を持つオピニオンリーダー。

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