租税回避地(タックスヘイブン)の仕組みと地球環境問題への取組みの無力化

オーエスラボ株式会社 代表取締役


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1.日本企業における“タックスヘイブン”の利用業と格差社会の拡大

 

ニコラス・ジャクソン著の「タックスヘイブンの闇」は、2年前に読み終えました。私はある意味で、資本主義経済の実態を全く知らなかったことに気づかされました。資本主義経済の実態を知るには、日本国内だけで事業していても分からない。海外で生産活動やセールスをする過程で、財務をどのように処理すれば最大利益が得られるのか、稼ぐ方法としては多様であることを、この本は教えてくれました。タックスヘイブンは、パナマ文書によって、すでに多くの人の知るところとなりました。日本語では「租税回避地」と呼ばれていますが、企業にとって誠に都合の良い仕組みが、全世界に散らばって存在しているものです。資本主義経済は利益の最大化を求めているが故、国によって税制が違うくらいは誰でも知っていたでしょうが、材料の仕入れにおいてそれを最大限にコストとして受け入れてくれる国があり、利益については最小限の課税で済む国がある。世界で活躍する多国籍企業にとって、この仕組みを使わない手はないと、誰もが考えることです。優れた財務マンとは、こうした世界の多様な財務処理を利用し、利益を最大に持って行く者を言うのでしょう。

 

租税回避地を利用したビジネスが、直ちに違法という訳ではありませんが、本来は本国でもっと税金を納めることが可能なのに、これを他国に留めて蓄財を図る。資本主義経済が利益最大を追い求める制度であるならば、当然、租税回避地を利用することは「有り」と言えます。これはケイマン諸島だけの日本企業のケースですが、日本の上場会社のうちの45社は同地を租税回避地として利用していて、その額はざっと55兆円に達していると説明されています[1]

 

どの企業のCSR室でも、「弊社はコンプライアンスに沿って事業展開を図っていますよ」と、答えられると思います。法には従っていますが、タックスヘイブンを効果的に使って、本国での節税を実現し、利益を最大にしています。すでに多くの学者が、資本主義経済システムは修正が必要だと説いています。米国は、1%の人間が99%の経済を握っていると言われています[2]。全世界で富の偏在、すなわち格差社会が拡大している。タックスヘイブンに見られるように、経済の仕組みに大きな課題があるとの見方が強まってきているのは、間違いないと私は考えています。

 

2.米国の巨大企業の破綻ならびに日本企業の破綻がもたらした新たな波紋

 

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米国の巨大企業であったエンロン[3]は、もともとは天然ガスのパイプライン会社として設立され、エネルギー需要の拡大に伴い急成長を遂げ、世界最大級のエネルギー卸売会社の登りつめました。しかし、売上高12兆円の絶頂期に、子会社との癒着、関連会社との不正経理や取引が明るみとなり、2001年12月に経営破綻を迎えました。負債総額は2兆円に及び、失業者は何と2万人にも達しています。米国の大企業の不始末はこれにとどまらず、国際通信会社の大手であったワールドコムも、企業の再編に失敗し、2002年に経営破綻に至っています。負債総額は、エンロンをはるかに上回る約4兆7千億円でした。

 

これら、エンロンやワールドコムの経営破綻により、企業の財務内容の透明性が強く求められ、企業の“コンプライアンス”や“説明責任”あるいは“ガバナンス”が厳しく問われるようになりました。これが企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)を明らかにする、自主的な情報公開制度に発展してきました。CSRは、もともとは企業の環境保全への取組みを重視したものでしたが、1997年にグローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative:GRI)というNGO組織が、米国の非営利団体のセリーズ(CERES:Coalition for Environmentally Responsible. Economies)と国連環境計画との合同事業として設立され、企業の社会的責任レポートのガイドライン、すなわちGRIガイドラインの第1版を2000年6月に発行しました。現在では上場企業のすべてが、このレポート書式に従ったCSRレポートを一般公開しており、2013年現在、第5版が発行されています[4]

 

筆者の認識では、GRIガイドラインによる企業の社会的責任レポートが出される以前に、ISO 14001(環境マネジメントシステム)に従って活動していた企業の環境保全活動実績が、環境報告書としてまとめられ、一般公開されていたと見ています。日本の企業がISO 14001の認証取得を始めたのは、品質の国際規格(ISO 9001)の教訓から、1996年に発行されると同時に認証取得に動き出した実績があります。ISO 14001規格の認証取得件数は2009年がピークで約39,500件、2011年には26,700件と、32%も減少しています[5]。 この背景には、日本の中小企業の環境保全活動への取組みが低減してきたことが、大きな要因としてあると考えられます。

 

ISO14001に伴う「環境報告書」が盛んに作られたのは、1997年から2002年頃までの5年間で、2003年以降は「CSRレポートが」が主流となってきています[6]

 

エンロンやワールドコム、あるいは日本における大手証券会社の山一証券の倒産(1997年)や鐘紡の倒産(2003年)等に伴い、CSR室は、当初は企業の環境保全活動に力を入れ、その成果を環境報告書として、主に紙媒体として広く公開していました。しかし、先のGRIへの認識の高まりに加え、環境保全活動の側面だけでは企業の責任を明らかにすることは不十分との理解の高まりが、経済的側面、さらには社会的側面、つまり企業総体の実績を簡潔にレポートする責任があるとされ、経済、環境、社会の3つの要素(トリプルボトムラインという)を含んだ「CSRレポート」、あるいは「環境社会レポート」という形に変わってきました。このレポートの性格として、環境保全への取組みに重きを置きつつも、経済的側面や社会貢献(コミュニティーへの参加等)の活動実績も取り込まれるようになってきました。

 

3.日本の多国籍企業のCSR室は2つの顔を持つ

 

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筆者は、日本の企業で世界で活躍している多国籍企業のCSR室には、2つの顔があると常々思っていました。その一つは国内向けの顔で、二つ目は海外向けの顔です。

 

世界に進出した日本企業は、世界的なNGO、NPOによる厳しい目が注がれています。もちろん、これは日本企業だけに向けられたものではありませんが、事業の操業実態を常に厳しくチェックされており、例えば、児童労働問題や劣悪な環境での労働について、強い監視の目が注がれています。違法な行為が認められると、その情報はNGOによって瞬く間に世界に発信されます。多国籍企業は、海外における対応スタッフと、国内で環境問題や社会活動を進めているスタッフとでは、大きな緊張感の違いがあります。果たして日本のCSR室のスタッフは、「タックスヘイブン」のことを知っていたでしょうか。これはおそらく、CSR室が取り組むテーマではなく、財務や企業内の特殊なチームが取り扱っていたテーマだと考えます。

 

タックスヘイブンを利用したビジネスが、直ちに違法という訳ではありません。コンプライアンス上は問題なくても、タックスヘイブンが造り出す莫大な企業利益は、倫理的な側面からはどうなのか、新たな課題として持ち上がったテーマだと言えます。

 

前述した通り、日本の上場企業でケイマン諸島におけるタックスヘイブンを使用している企業は45社に及び、その額も55兆円と高額です。また、米国の1%の人間が、99%の経済を握っているという実態を見れば、全世界における格差社会が、加速度をつけて広まっていると見ることもできます。

 

4.資本主義経済社会における「パリ協定」は、画餅に過ぎない危険をはらんでいる

 

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2015年12月に「パリ協定」が採択されました。地球温暖化対策に向けて、米国と中国が合意し、これは画期的なことと世界の関係者は喜んでいます。しかし、喜ぶのはまだ早いと考えます。まず、京都議定書が採択されてから発効されるまでには、7年も掛かりました。この経験を踏まえると、「パリ協定」が実際に発効するまで、まだ道のりは遠いと考えています。加えて、何故このタイミングで”タックスヘイブン”(租税回避地≒パナマ文書)という大問題が発覚したのでしょうか。私達が合理的であると受け入れた資本主義経済システムでは、早晩、地球上の人類ならびに多くの生物が大きなストレスを抱えることになり、必然的にカタストロフィーを迎えるということの警鐘と読み取れなくはありません。自然収奪型経済システムの終焉のテーゼとして、タックスヘイブンが露見したと見られなくもありません。

 

イギリスのNGO組織が進めるカーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)や、グリーンピースが進める環境問題への尋常ではない抵抗活動等、これらはタックスヘイブン問題のカモフラージュとして、位置付けられた活動なのでしょうか。日本のNGO、NPO組織が、薄給をものともせず頑張っている姿を見ると、現在の企業活動≒経済活動は根本的に見直されなければ、早晩、地球崩壊は免れないのではないか、と気掛かりなのは私だけでしょうか。

 

 

[1] http://editor.fem.jp/blog/?p=675
[2] 「Newsweek」http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2013/09/99-1.php
[3] 「エンロン」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3
[4] 「GRIとの連携GRIガイドラインの理解と普及」http://www.sustainability-fj.org/gri/
[5] 「環境問題の自主的取り組み」https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2013_11.pdf 74p
[6] 「日本工業標準調査会 標準部会・適合性評価部会 中間とりまとめ」

http://www.meti.go.jp/press/2013/04/20130430002/20130430002-3.pdf

この記事の著者
谷 學

谷 學

オーエスラボ株式会社 代表取締役
環境事業支援コンサルタント・経営士・環境経営士。元グリーンブルー株式会社代表取締役。日本の公害対策の草創期より環境測定分析の技術者として、環境計量証明事業所の経営者として、環境汚染の改善及び業界の発展のために邁進。2007年には経済産業大臣より計量関係功労者表彰を、2013年には経営者「環境力」大賞を受彰。50年にわたる環境問題への取組み実績を持つオピニオンリーダー。

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