はじめに:対馬の概要
長崎県対馬市は、九州の最北端、日本海側の西側に位置し、南北約82km、東西約18kmと全国で3番目に大きな島です。
本市は朝鮮半島まで49.5kmという地理的条件を活かし、古来より大陸と日本の文化や経済の交流窓口として、さらには、外国から漂着されるごみ等の防波堤としての役割を担うとともに、国に対しても、領海や排他的経済水域等の保全、海上交通の安全確保、海洋資源の開発・確保、海洋環境の保全など、一定の役割を担ってきました。
島の概要を申しますと、島の中央部には、複雑な入り江を有するリアス式海岸に囲まれた風光明媚な浅茅湾を有し、その延長は、915kmと国内有数の自然海岸延長を誇っております。
また、森林が面積の約9割を占める自然豊かな島であり、原始林も数多く残されており、国の天然記念物にも指定されています。
このように島の豊かな自然には、国の天然記念物に指定されているベンガルヤマネコの亜種である“ツシマヤマネコ”をはじめ大陸と日本のつながりを示す種をはじめ、島独自に進化したもの固有種など、多様な生態系を有しています。
また、渡り鳥の中継地でもあり、世界でも有数の野鳥の観察地になっています。
次に本市の産業構造ですが、第一次産業の割合が21.1%(平成17年国勢調査)と他の地域に比べ比較的高くなっており、なかでも漁業は第一次産業の中でも、80%強の割合を占め、島の主要な産業となっています。
また、林業は、森林資源に恵まれ、従来は木材生産が主でありましたが、年々、シイタケ栽培へ移行してきている状況です。しかし、労働力の流出や高齢化、後継者不足等の要因により林業全体の生産額は減少傾向にあります。
筆者:ECOLOGライター(対馬市農部農林振興課係長 西川 治臣)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年4月号)」より再編集して掲載しています。)
オフセット・クレジット事業に取り組んだ経緯と概要
このように豊かな森林を有し、多様な生態系を有する本市にあって、オフセット・クレジット事業に取り組むこととした理由としては、戦後、拡大造林により大量に植林された人工林は、全国の状況と同様に、安価な外国材との価格競争による木材価格の低迷や林業後継者の不足により、手入れ不足の森林や放置されたままの森林が増加傾向にあること、また、未整備森林の増加により森林環境の悪化による島の生態系が崩れる恐れがあること、森林環境の悪化は、そのまま川・里を通じ、海の環境にも影響を与える可能性があり、現に本市の豊かな漁場においても磯焼け被害が広がってきていること、島の約9割を占める森林資源を有効活用することで林業を島の主要な産業として再生していく必要があること。
これら複数の課題を解決するための手段の一つとして、オフセット・クレジット(J-VER制度)事業に取り組むことにしました。
取組み当初は、長崎県下においても実績がなく、何から始めてよいかわからないことばかりでしたが、専門機関の支援をいただきながら、J-VER制度(間伐促進型プロジェクト)として、平成19年度から24年度までに整備(24年度は整備予定として計画)した市有林において、プロジェクト計画書の作成、計画値による暫定吸収量の算定、モニタリング計画書など、認定していただくための各種書類を整備し、認証機関による書類審査や現地検証をいただき、無事に 「国境の島、対馬市の市有林における大陸とのつながりを示す多様な生態系の保全のための森林吸収(間伐促進)プロジェクト」として認定いただきました。
プロジェクト認定後は、整備箇所の実測作業をはじめ、全整備箇所の面積や樹種等によって決定されるモニタリングプロット全箇所 (本市プロジェクトでは13カ所)における樹木の成長量の調査(胸高直径や樹高等)を行い、確定吸収量の算定やモニタリング報告書の作成、さらには、報告書に係る認証機関の書類審査や現地検証等を経て、ようやく平成25年1月末に無事、クレジット発行が完了しました。
初めての取組みということもあり、クレジット発行までに1年強の期間と大きな労力を費やしましたが、本事業を実施していく中で、専門家をはじめ、同じ取組みを行っている方などたくさんの方々と交流ができたことや森林資源に新たな付加価値を付けられたことは、たいへん意義があったと考えています。
最終的な本市の発行クレジットは、対馬市有林において平成19年度から23年度までに実施した118.54haの森林整備により、1,206t-CO2となっています。
販売方法、取組み状況、売上の利用方法、今後の取組み
今後、発行したクレジットを販売していくわけですが、基本的には、本市のクレジットの魅力を直接説明していきながら、共感をいただける事業者へ販売していきたいと考えており、今回、この原稿を掲載していただくきっかけとなった“カーボンマーケットEXPO”などのマッチングイベントへの参加をはじめ、こまめな事業所訪問等により取引量に捉われることなく販促活動を進めていきたいと考えています。
これまでの取組みとしては、本市クレジット販売第1号として沖縄県の一般財団法人沖縄県環境科学センター様が取り組まれる、地球温暖化からサンゴを守るためのサンゴ礁調査船が排出するCO2をオフセットする事業への活用が決定しております。
また、大手運送業事業者とも商談中であり、対馬管内で所有する車両が排出するCO2を本市クレジットでオフセットいただくことで協議を進めているところです。
その他の取組みとしては、埼玉県が独自に取り組まれております 「目標設定型排出権取引制度」への活用可能性検討のため、担当部局が訪問し相談させていただいた結果、埼玉県様のご厚意により事業者説明会での本市クレジットの紹介等をしていただけることとなりました。
本市では、クレジット収入金の活用方法として、市有林の利用間伐による収入と併せて“対馬市森・川・里・海環境保全再生基金”に積立て、本年度策定中の「対馬市森林づくり基本計画」に計上する国県補助等で実施困難な市独自の“森林資源の活用施策”と“森林環境の保全施策”に活用することとしております。
具体的な事業メニューとしては、森林資源の活用分野として、人工林・民有林の間伐促進、オフセット・クレジット事業の促進、木質バイオマス燃料の利用促進、地場産木材の利用促進等の事業へ、また、森林環境の保全分野として、ツシマヤマネコ等の多様な生態系に配慮した森林空間づくり、有用樹木や癒しをもたらす樹木をはじめ対馬固有種等の保全活動、森・川・里・海が一体となった環境改善施策等の事業に活用することとしています。
本市は、森林分野、河川・里分野、沿岸・海分野の各分野における各種の取組みにより、生業としての農林水産業の振興と多様な生態系を守るための環境保全のバランスのとれた施策を展開し、自然や環境にやさしい地域資源循環型 島づくりを確立することをめざすべき将来像として取組みを加速させていきます。
そのためにも、本市のクレジットをより多くの方にお知らせし、理解いただくことが大切になってきます。今後もさまざまな機会を通じ、取組みを行っていきますので、皆様のご理解とご協力をよろしくお願いします。
また、本市としても、今後、市独自のクレジット付き商品やクレジット付きイベントの開催等を検討していくこととしており、森林関係情報と併せて、対馬市ホームページにアップさせていきますので、機会があればご覧いただきたいと思います。