キャリアを積むための資格
はじめに
あらためて言うまでもないことですが、企業にとって、環境対策はすでにCSR(社会的貢献)のためどころか、必須の活動になってきています。もちろん、さまざまな環境規制への対応は必要ですし、ISO14000シリーズのような環境マネジメント認証の取得も拡がっています。
さらに、地域社会の理解、投資適格企業としての認知、何より事業が持続可能であるためには、より積極的な対策が必要です。しかも、対象となる範囲は自社のみならず、サプライチェーン全体に及んでいます。
さらに、東日本大震災以降、節電や省エネ、再生可能エネ分野への取組みも拡大しています。これは、温暖化対策のためだけではなく、BCP(事業継続計画)対策としての面も兼ねていると思われます。
一方、働く側はどうでしょうか。分野によっては、明らかに専門技術者などが不足しています。環境分野に特化した求人サイトがあることからも、こうした状況がうかがえます。企業だけではなく、自治体や地域社会においても、公共分野を担う人材として、ニーズが 高いのでしょう。
筆者:ECOLOGライター(本橋 恵一)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年5月号)」より再編集して掲載しています。)
ノマドと一人親方
ところで、ノマドというのは、もともとは遊牧民を表わす言葉で、これが転じて、オフィスにしばられない働き方を指す言葉となっています。
インターネットに接続する環境が改善され、いまではカフェでも仕事ができる環境が整っています。また、リーマンショック以降、顕著となった雇用環境の悪化、さらに東日本大震災を契機とした企業で働くことの不信感から、組織にとらわれない柔軟な働き方に対する注目が高まっています。
こうした時代において、賃金などの収入を増やしていくために、競争力のあるスキルを身に付けたいと考えるのは自然なことです。こういったことが背景となって、とりわけ若い世代を対象に、ノマドワークを勧める本も出版されています。
もっとも、谷本真由美氏は著書『ノマドと社畜』において、安易なノマドに対しては否定的で、ブームにのせられないように警告しています。非正規雇用のように、企業にとって安価で使い捨てる雇用として扱われかねないからです。
その一方で、ノマドを一人親方と言い換えて、高い専門性を持った働き手であれば、独立することで、柔軟な働き方と高い収入を得ることができるとも言っています。ノマドというと、新しい働き方のようですが、一人親方といえば、昔からあります。
若い人というよりも、独立したベテランの技術者といったイメージでしょうか。実際に、電気工事会社の方から、「エアコンの取付け工事ができれば、それで一生、食べていけるよ」という話を聞いたことがあります。親方というと、工事現場で働く人というイメージですが、IT業界でも少なくありません。
システムエンジニアやプロジェクトマネージャーなどが、企業に残って管理職となるのではなく、独立して高い専門性を持つ技術者として活躍しているということもあります。プラントなど他の業界でも、独立して活躍するエンジニアは少なくありません。前述の谷本氏は同じ著書で、ノマドをめざす人に対し、最低数年間は会社で技術を身に着けたあと、独立すればいいと言っています。
そのように考えると、ベテランこそがノマド=一人親方になれる、ということも納得がいきます。環境・エネルギー分野でも、これからはノマド=一人親方に対するニーズは高まるのではないでしょうか。
高い専門性を持った技術者を、高い報酬の下にフルタイムで雇用するということは、中小企業にとっては難しいでしょう。
一方、技術者側としても、自分の専門性をより多くの現場で活かすため、会社にとらわれたくないという想いを持つこともあるのではないでしょうか。
何より、幼い子供あるいは自分の両親などの高齢者を抱えていたり、または旅行などの趣味を大切にしたいという理由で、柔軟な働き方を希望する人は少なくありません。
このことは、女性の労働力化、シニア世代の労働力化にもつながります。
不足する専門技術者
念のため断っておきますが、高い専門性を持つ技術者すべてが一人親方になるべきだということではありません。むしろ、企業などの組織に所属し、組織のマネジメントを行いながら成果を上げていくことに向いた人もいるでしょう。
また、環境分野の事業会社や、規模の大きな企業では、フルタイムで仕事をしていく方が、安定した仕事ができるのではないでしょうか。
さて、環境・エネルギー関連でも、専門技術者が不足していますが、どの分野でも足りないということではないです。そうした中にあって、太陽光発電設備の施工技術者は、明らかに不足している分野です。
現在、エネルギー基本計画は見直しが進んでいますが、原子力発電への依存が大幅に減ることになりますので、再生可能エネルギーの目標が上がることはあっても下がることはないでしょう。
太陽光発電設備の設置は進んでいます。問題は、工事が増えることで、慢性的な技術者不足が起きていることです。メーカーをはじめ民間、および経済産業省は、技術者の養成に取り組んでいて、PV施工技術者制度が創設されていますが、追い付いていないのが現状です。
もちろん、実際には太陽光発電設備の設置工事は行われてきています。しかし、さまざまな問題を抱えたままです。そもそも、住宅用太陽光発電設備の施工は、屋根工事と電気工事の両方の技術を必要とします。ところが、両方の技術を持っている技術者は多くありません。そのため、初期のころは雨漏りなどの施工不良もあったようです。
施工に当たっては、メーカー側でも研修を義務付けていて、メーカーごとの研修を受けないと施工ができないしくみとなっていましたが、2~3日の研修では、瓦やスレートといった多様な屋根材に対応した施工技術を身に付けるのは難しかったようです。したがって、施工技術者は、先輩の施工技術者の下で作業をしながら技術を身に付けるしかなかったといいます。
こうした状況から、太陽光発電設備の施工に関する専門資格制度を創設し、技術の標準化を図るべきという考えは、以前から強いものがありました。とはいえ、太陽光発電設備はメーカーごとに施工方法や金具などが異なっていて、また屋根材そのものも標準化が可能なものではありませんでした。そのため、資格制度の創設はなかなか進みませんでしたが、昨年ようやく、 一般社団法人太陽光発電協会によって、民間資格として、PV施工技術者制度が創設されました。標準化はまだ進んでいないため、PV施工技術者が学ぶ知識や技術は、基礎的なレベルに留まっていますが、あわせてメーカー研修を受けることで、技術の水準は上昇することになりそうです。
この制度は創設されたばかりで、現在は施工の要件とはなっていませんが、資格を取ることは顧客からの信頼につながります。また、これとは別に、NPO法人日本住宅性能協会が認定する民間資格として、太陽光発電アドバイザー制度があります。
太陽光発電設備の販売においても、メーカーごとの研修とそれによって発行されるIDが必要です。
それでも、いまだに住宅用太陽光発電設備の営業販売においては、十分な専門知識を持たない訪問販売員に対する苦情は少なくありません。国民生活センターなどがつくる全国消費生活情報ネットワーク(PIO-NET)によると、ここ数年は、年間3,000件前後の相談が寄せられているということです。こうした状況に対応するため、消費者の相談に応えられる専門家として太陽光発電アドバイザー制度が創設されたということです。
太陽光発電設備の設置に当たっては、施工だけでなく、固定価格買取制度や系統連系、補助金の申請など、法律・行政上の要素があり、事務作業も少なくありません。こうした点も、専門知識として不可欠なものです。
資格だけでは不足する経験
もっとも、実際には施工技術者として、施工全体をマネジメントするには、より多くの知識と経験が必要となってきます。そのため、近年は、太陽光発電設備の施工を専門に学ぶ専門校も設立されています。その一つが、日本PVプランナー育成協会です。
設立の中心となったのは、太陽光発電のコンサルティング会社のフォトボルテック。悪質な販売業者、施工不良の多さ、メーカー主導になりがちな研修システム、メンテナンスサービスの不備などを問題視したうえでのことです。
良質な施工技術者、販売営業員を育成し、太陽光発電設備の市場を安心できるものにするため、最大20日間の教育プログラムを作成。初級から上級まで3段階の認証と、協会独自の販売ID、施工IDの発行を行っています。また、エコシフト技術工事共同組合では、2010年に太陽光発電設備専門校を設立し、研修事業を行っています。
専門校では、通信教育、スクーリングによる実習、現場での実務研修などの研修プログラムを提供しています。3カ月から最大1年間にわたるプログラムでは、太陽光発電設備の施工だけではなく、独立して事業を営むことができるよう(一人親方になれるよう)、ビジネスの基本から提案技術営業のノウハウ、さらには太陽光発電設備の設置が難しい住宅向けに太陽熱温水器やソーラーシステムの施工の実習まで行っています。
さらに、国際第三者認証機関と連携し、太陽光発電施工士 の認定も行っています。もっとも、これでもまだ、太陽光発電ビジネスは途上だという見方もあります。商品としてまだ歴史が浅いため、メンテナンスに関する技術が確立されていないからです。
今後は、施工だけでなく、メンテナンス技術を身に付けることで、お客様と長期にわたって良好な関係を築いていく事業者が増えていくことになるでしょう。
地球を仕事にする時代
太陽光発電設備の施工に関する資格制度や研修について、スペースを使って述べてきました。環境問題がより大きな問題になっており、その解決のための仕事についてのニーズの拡大と、そのことに伴う課題は小さくありません。そのために、資格制度の充実が求められており、そうしたモデルケースとして示したものです。
そもそも、太陽光発電設備の拡大の背景には、地球温暖化対策として、CO2削減という要請があります。この新しい技術の急速な拡大によって、優秀な技術者が不足するのは当然のことでしょう。
企業にとって、環境問題への対策は、ウエイトが重くなる一方です。再生可能エネルギーだけでなく、省エネルギーはより重要なものとなっています。水質汚染や大気汚染対策も、規制値を守ればいいということではなくなっています。少しでも低減することが、自社のブランドにも影響します。さらに、企業はサプライチェーン全体の環境問題への対策が求められるようになっています。
このことは、環境問題に対して十分な対策と外部に対する情報開示を行っていくことが、サプライヤーの売上げに影響するということです。投資にも影響します。日本ではSRI(社会的責任投資)に対する取組みは遅れていますが、他の先進国では、十分な環境保全活動をはじめとするDSR活動を行ってこない企業、あるいは持続可能とはいえない事業を展開していく企業に対しては、投資が控えられています。
年金を運用する機関投資家にとっては、どれほど利益をあげていても、社会的に問題があり、長期的な将来の見通しが暗い企業には投資できないと判断するしかありません。健康に害を与える、タバコ会社などは投資不適格とされています。
また、環境問題は企業イメージにも大きな影響を与えるものです。このように見ていくと、環境問題は現場だけではなく、IRや広報、ブランドマネジメントにまで関係してきます。
こうした背景から、太陽光発電に限らず、環境問題を専門に扱うことができる人材は、大幅に不足していることが予想できます。さらに深刻なのは、日本から途上国に事業所が移転してきたことが示すように、海外事業所でも環境問題を扱う人材が不足していることです。
たとえ、現地での環境規制が緩くても、前述のようにサプライチェーン全体にわたって、環境問題に関する情報開示やさまざまな取組みが求められる以上、無視できません。極端に言えば、先進国の規制に準じた取組みが求められます。
たとえばCO2排出についても、途上国だから大量に排出していいということにはならないということです。むしろ、海外の方がニーズは高い可能性もあります。
実際に、オーストラリアで採掘が進められている、非在来型の天然ガスである炭層ガスの採掘に当たっては、シェールガスの採掘と同様に、地下水の汚染を防ぐなどの目的で、環境関連の技術者が必要とされており、日本の技術者に対しても関心が持たれているといいます。
次回以降、さまざまな現場で活躍する、環境関連の技術者、資格保有者を紹介していきます。