アジアの廃棄物問題
はじめに
経済成長が著しいアジア諸国では、廃棄物の発生量も大きく拡大しています。しかし、道路、空港、港湾など経済成長につながるインフラ投資に比べて、廃棄物分野の投資は、後回しにされています。
その結果、廃棄物が適正処理されずに、水質汚濁、大気汚染などさまざまな環境問題が引き起こされています。本稿では、アジア地域の廃棄物問題の現状を概観するとともに、問題解決に向けたさまざまな取組みについて紹介します。
筆者:ECOLOGライター(小島 道一)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2013年5月号)」より再編集して掲載しています。)
廃棄物問題の現状
所得水準、産業構造などによって廃棄物処理、リサイクルの抱えている問題は異なっています。収集・運搬、処理・処分、リサイクルの3分野に分けて、現状を整理してみましょう。
所得水準の低い国ほど、一般廃棄物の収集・運搬にかける予算を確保するのが難しいのが現状です。農村部では、行政の収集サービスが提供されていない場合も少なくありません。道の狭い都市部のスラム地域も、収集サービスの対象とならない場合が通常です。収集されない廃棄物は、川に投棄されたり、道端で燃やされたりしています。川に投棄された廃棄物は、洪水を引き起こす原因の一つとみられています。
たとえば、インドネシアでは、ごみ収集サービスを受けている家庭は、ジャカルタで86.9%にのぼりますが、全国では20.6%に過ぎません。ごみ処理の方法として燃やしていると答えた家庭は66.2%、川に捨てていると答えた家庭は11.3%となっています(複数回答、BPS-StatisticsIndonesia[2011])。焼却などの中間処理も、所得水準が低ければ限定的とならざるを得ません。中間処理としては、コンポスト化の取組みが、部分的になされている程度です。収集された廃棄物は、基本的に埋め立てられています。
しかし、所得水準が低い場合、処分場の環境対策は不十分なものとなりがちです。遮水 シートが引かれておらず、浸出水 の処理も不十分な場合が少なくあ りません。被覆もされておらず、 温室効果ガスの一つであるメタン ガスが大気中に放出されることに なります。発火し、ごみ山が燃え、 大気汚染を引き起こすこともあり ます。
また、ごみ山の勾配の管理も不十分で、死者が100人以上で るような、ごみ山が大規模に崩れ る事故も、フィリピンのマニラ首都圏(パヤタス処分場、2000年)やインドネシアのバンドン(2005年) で発生しています。所得水準の低い段階で焼却炉を 導入する場合もありますが、運転費用や補修費用を十分に支出できずに、うまくいかないケースが見られます。
焼却炉が持続的に運営できているのは、韓国やシンガポール、中国の沿海部の大都市タイのプーケットやマレーシアのランカウイなど観光が盛んな島など、比較的、財政に余裕があるところに限られています。一人当たりの政府最終消費支出が400ドル以下のところでは、一般廃棄物の焼却炉は操業を持続的に行う形となっていません。
所得水準が低い国では、日本だと市場に任せておくと回収されないものでも、回収が市場ベースで行われています。過程を回って再生資源を購入する人、ゴミの収集場所で有価物を回収する人、埋立処分場で有価物を回収する人が存在しています。また、収集・運搬の段階で有価物を作業員が抜き取るケースなどがあり、いくつもの段階でリサイクルされる再生資源が回収されています。所得水準が高くなってくると、このような作業に従事する人が減少してきます。
製造業が育っていない場合には、集められた再生資源を利用できる産業部門も限定されています。製造業の発展が限定的なカンボジアやラオスで集められた再生資源は、部分的には国内でも再生利用されていますが、 ベトナムや中国、タイなどに輸出されている量が少なくないとみられます。製造業が発展し、公害規制の執行が不十分である場合、リサイクル産業からの汚染が問題となります。
自動車やオートバイなどの鉛蓄電池の鉛や、鉄、銅、アルミニウムなどを製錬する工程、プラスチックの洗浄、電子基板やICチップから金や銀などを回収する工程からの汚染が問題となっています。また、大気汚染対策なしに、廃油やタイヤなどを用いたエネルギー回収も大気汚染の原因となっています。所得水準が上がってくると、質の低いリサイクル製品の需要が減少してきます。また、公害規制の執行も強化され、リサイクル産業の汚染も減少してきます。
その一方で、再生資源を拾い集めるだけでは、生活が難しくなり、再生資源の収集の担い手が減ってきます。しかしながら、農村や外国人労働者など、低賃金労働者が都市に流入してくる状況であれば、再生資源を集める担い手は維持される場合もあります。
産業廃棄物については、環境意識が高く、廃棄物処理コストを負担できるような外資系企業が進出 してくると、それらの企業が廃棄物の委託処理先にも注意を払うこ とから、適正に処分したりリサイ クルしたりする施設が増加してき ます。
さまざまな対策
不十分な収集・運搬、不適性な処分やリサイクルといった状況の改善に向けてさまざまな取組みが 行われています。低所得国では、廃棄物の収集体制の整備と埋立処分場の環境対策に関するプライオリティが高いと考えられます。
これまで、廃棄物の収集体制の確立には、中古のごみ収集車の無償供与やより効率的な収集を行うための中継施設整備へのサポートなどが行われています。埋立処分場の環境対策に関して も、資金的な援助や準好気性埋立 の技術移転などが実施されてきました。
しかしながら、全国レベル で衛生埋立処分場を普及していく には時間がかかる場合が一般的です。たとえば、フィリピンは固形廃棄物エコ管理法を2001年に制定し、5年以内に衛生埋立処分場への移行を行うことを定めましたが、2011年第3四半期の時点でも、オープンダンプ・サイトが643カ所、立ち入りなどを制限した処分場が384カ所あるのに対して、衛生埋立処分場は、98カ所にすぎません。
日本のような一般廃棄物の焼却炉の導入には、地方政府の財政状況がよいことが条件となります。日本では、一般廃棄物の中間処理では、焼却炉が中心ですが、ほかにも、コンポスト化、メタン発酵などさまざまな技術があります。
それぞれの技術には、投入する廃棄物の質を管理する必要があり、分別収集などの取組みが必要になる場合があります。政府の予算、能力に限界があることから、民間の技術や資金を導入して、廃棄物の処理インフラの建設、収集運搬の向上などを図る動きがあります。水道事業など実施されているPPP(PublicPrivatePartnership)の考え方を、廃棄物分野でも導入しようという試みといえます。
しかしながら、水道料金と比べると廃棄物の収集費用の家計からの回収が難しいこと、料金設定を高くすると野焼き、川への投棄など不適切な処分が拡大する可能性があること、分別の程度やごみの質の変化による処理コストの上昇のリスクがあること、20年から30年という長期の契約になることなどから、廃棄物の処理・処分事業での官民連携のあるべき姿は、水道事業とは異なる可能性があります。
廃棄物に占める割合の高い食品廃棄物を減量化・資源化する方法として、家庭での段ボールなどを利用したコンポスト作りやもう少し広い範囲で食品廃棄物を収集し大規模にコンポストを製造する事業があります。
家庭でのコンポスト作りでは、自宅の庭や地域の緑化などにコンポストが利用されています。しかし、ある程度以上の規模のコンポスト製造となると、コンポストの需要先が問題となる場合が少なくありません。
家庭でのコンポストづくりの取組みについては、北九州市のスラバヤ市への協力の中で取り上げられ成果をあげてきました。さらにこの経験を、JICAの事業として、インドネシア国内の他都市、さらには、東南アジアの他の国での横展開がめざされています。
リサイクル産業の汚染対策については、公害規制の執行の強化に加え、クリーナー・プロダクションや公害対策に関する技術情報の提供、公害防止投資に対する低利融資、零細企業が共同で利用できる公害防止施設の建設支援などが考えられます。
日本の1970年代の公害対策の経験が参考になると思われます。また、汚染状況、健康被害などの実態を調査し、その情報を伝えることで、公害対策の必要性を事業者や住民に理解してもらうことが重要です。中高所得国になると質の低いリサイクル製品の需要の低下に直面する場合があります。リサイクル業者の生産プロセスの向上などが必要になります。そのためには、工業規格の整備によりどのような品質を満たせばいいのかの基準を明らかにすることが有効です。
また、政府のグリーン調達の強化も有効と考えられます。東南アジア諸国では、タイでグリーン調達の取組みが進んできており、生産者もグリーン調達の対象となる製品の供給に取り組むようになってきています(2011年8月のタイ環境研究所へのヒアリングによる)。容器包装や家電、IT機器などについては、拡大生産者責任の考え方を適用して、生産者や輸入者に廃棄物の回収、リサイクルに関する責任を負わせることが、各国で検討されています。
電気製品については、中国が経済的な責任を生産者に負わせる形で、インドでは、物理的な責任を生産者に負わせる形で、電気製品の回収、リサイクルに関する法令を公布しました。ベトナムやマレーシア、インドネシアでは、環境保護法、廃棄物処理法などに拡大生産者責任の考え方が盛り込まれ、具体的な細則づくりが行われたり、最終的な承認待ちの段階となったりしています。
発生そのものを抑制しようという取組みもあります。韓国では、使い捨てとなる製品の無償提供を抑制する措置が取られています。たとえば、ホテルでの歯ブラシの無償提供などが禁止されています。インドでは、都市によって薄手のプラスチックの袋の使用を禁止する措置が取られています。しかし、その執行が難しく、うまくいっていない場合も多いようです。
産業廃棄物については、有害廃棄物に焦点を当てた法令が作られ、排出者に処理・処分の責任を負わせるとともに、処理・処分業者の認可、マニフェストの義務付けなどが導入されています。中国やフィリピンなど、委託業者が不法投棄を行った場合でも、排出者に基本的な責任を負わせるという考え方に立っている国も少なくありません。当該国に工場のある事業者は、日本以上に、排出者に責任を負わされる可能性がありますので、注意して委託業者を選ぶ必要があります。
おわりに
以上のように、廃棄物の発生に伴ってさまざまな問題が発生しており、その問題ごとに対策が考えられています。経済発展、所得水準、産業構造に応じて、また、財政状況などを踏まえて取り得る対策は異なっていますし、どの問題から取り組んでいくかも異なってきます。
多くのアジア諸国は、図に掲げているようなさまざまな技術や政策について、援助機関や企業から提案を受けています。発展途上国の担当者と話をすると、さまざまな技術や政策どれがいいかがわからないという声を耳にします。現地のニーズ、財政上の制約などを踏まえた適切な技術・政策を他の選択技と比較しながら提案していくことが求められています。
―参考文献―
1)小島道一編;アジアにおけるリサイクル、アジア経済研究所、2008
2)小島道一編;国際リサイクルをめ ぐる制度変容、アジア経済研究所、 2010
3)BPS-StatisticsIndonesia; EnvironmentStatisticsofIndonesia2011.