第2回 環境問題から社会問題対策へ
変化するニューヨーク市のサステナブル政策
第2回 環境問題から社会問題対策へ
変化するニューヨーク市のサステナブル政策
市は「計測できないものは管理できない」を信条に、項目ごとの達成目標と進捗状況を毎年公表している。さらに、透明性と信頼性の実現を掲げ、目標を達成できなかった項目や計画当初より悪化した項目も率直に公表している。これらは条例でも定められており、計測可能な指標の設定や年次進捗の公表のほか、4 年に1 度の計画改訂や市民への啓蒙などが法で規定されている。
2008 年には、深刻化する気候変動をにらみ、市、州、連邦政府、民間企業を含む省庁・官民横断の気候変動適応タスクフォースが結成された。同時に、科学、経済、保険、法律、リスク管理などさまざまな分野の専門家で構成される独立機関 NPCC(気候変動に関するニューヨーク市パネル)も設立された。翌09 年には、市独自の気候変動影響分析と市の適応・緩和策への提言を盛り込んだNPCC の調査報告書が発表され、これに基づき11 年に「改訂版プランNYC」が発表された。
対策は順調に進められ、プラン NYC は国際的にも高く評価されていたが、12 年に大型台風サンディが直撃。甚大な被害を被った市は、再び NPCC を召集した。プラン NYC だけでは不十分とし、今後もサンディ規模の被害が起こることを前提に新たな策を検討。13年に、気候分析、海岸保全、経済復興、建築物、保険、電気ガス、燃料、医療、地域防災、通信、交通、公園、環境保護・復旧、上下水道、食料調達、廃棄物、地域別被害復興など、257 項目に及ぶ「回復力強化計画」を発表した。資金源や実施体制、責任の所在なども含まれた極めて現実的な計画であり、プランNYC と同様に毎年進捗が発表されている。
14 年初めには、3 期12 年にわたり続いたブルームバーグ政権が終わり、ビル・デブラシオが市長に就任した。企業創業者で長者番付に常連の超高所得者ブルームバーグに対し、デブラシオは若い頃にニカラグアの革命での物資提供や中央アメリカ諸国の医療改善に携わるなど活動家的な側面がある。本人は白人エリートの出自だが、妻は黒人、息子はアフロへア、娘は薬物・アルコール依存克服を公表するなど型にはまらない印象が強く、黒人層の支持が厚い。就任前は市議を8 年務めた後、市長と対峙することの多い市政監督官を3年務めている。
こうした人柄や経歴の違いに加え、全米で格差是正・差別撤廃運動が頻発する社会情勢なども手伝い、新市長就任以降、社会問題対策が格段に増えている。黒人差別と批判されていた警察官による不審者の職務質問・荷物検査の見直し、不法移民でも入手可能な市公認の身分証明書の発行、就学前の機会平などを目指した 4 歳児の幼稚園無料化など、新市長の下で精力的に社会問題対策が進められている。
環境対策に関してはプラン NYC を継承し、14 年春には恒例の年次進捗報告書が発表された。温室効果ガス排出削減目標は2030 年までに2005 年比30%減、2050 年までに80%減とされているが、この時点ですでに19%減を達成(図)。埋め立てゴミ削減目標75%に対し50%以上を削減、100 万本を目標とする植林は現時点で99 万本を達成するなど前倒しで実現している項目も多い。
そして今春、プランNYC に代わるサステナブル政策として「ワンNYC」が発表された。市長は就任時から“ワン・シティ”を標語に掲げ、格差・差別で分断していた市民を一つにすることを至上命題としている。そのため、ワンNYC ではプランNYC と回復力強化計画に格差対策が加えられ、成長、持続可能性、回復力、公平の四つの柱が掲げられている。環境政策に関しては多少の強化点はあるが、おおむね現行の計画が踏襲されており、格差対策が政策全体に散りばめられた形になっている。
政策の主目標とされているのは貧困削減である。市の人口840 万人のうち貧困層は21.5%、貧困に近い層を含めると 45%に上るとし、2025 年までに80 万人を貧困や近い層から引き上げる目標が設定されている。対策としては、最低賃金引き上げ、幼児教育拡充、大学進学支援、職業訓練プログラム拡充、企業の健康保険規制強化、低中所得層向け住宅の増築、低所得地域における公共交通の拡充やインターネット接続提供などが挙げられている。
データを駆使して徹底的に実現可能性を追求したプランNYC に対し、ワンNYC の格差対策には目標値や資金源が不明瞭なものもあり、実現可能性を疑問視する声も少なくない。最も効果が高いとされる最低賃金引き上げには州議会の承認が必要であり、市の権限は限られている。格差対策には税政や社会保障政策が必至であり、市政だけでは難しいとする見解もある。
しかし、社会の安定のために格差是正は不可欠であり、環境対策を実現するために低所得層を切り捨てて良いはずはない。国際的にも先進国と途上・新興国間で環境政策に関する意見の相違があるが、格差が拡大する米国内でも同様の現象が生じている。安定した生活が得られなければ、環境問題を考える余裕は生まれないだろう。
ワン NYC の政策発表時、市長は格差是正を“経済的な持続可能性”と換言し、「更なる成長のため、環境と経済の持続可能性は共存すべき」と主張した。プランNYC は経済成長と環境対策の二兎を追ったが、ワンNYC は社会問題対策を加えた三兎を追い、持続可能性の経済・社会的側面に言及してサステナビリティの本質を問うている。ワンNYC の実現は容易ではないだろうが、世界に向けて持続可能性とは何かを改めて考える機会を提示した功績は大きいだろう。(ニューヨークのサステナブル政策は、拙著『サスティナブルシティ ニューヨーク』(繊研新聞社)に詳しく記載している。)