気候変動の犠牲者

環境文明21共同代表 / (株)環境文明研究所代表取締役所長


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犠牲者になっているという認識はあるのか

 

今年に限ったことではないが、近年、気候の不安定や異常と思われる気象現象がますます顕著になってきた。

 

この夏、日本を襲ったUターン台風(台風10号)の動きなど、その典型例であろう。これまで考えられなかったところで、台風が発生し、そして、西にふらついて行ったと思うとUターンをして、強力な台風となり、岩手県に上陸し、青森を突き抜けて、北海道を襲った。まさに、これまで、経験のないようなコースを辿る暴れ台風であった。

 

このような異常な気象現象は、もちろん日本だけでなく世界の各地で発生している。私は、毎朝、衛星放送で主要国のニュース番組を見ているが、アメリカのABC放送などは、ほとんど毎日のように、アメリカ国内で発生している異常気象(竜巻、山火事、大雨・洪水など)を伝えており、ABCはまるで気象専門チャンネルになったかのように錯覚するほどだ。

 

このようなことは無論アメリカだけでもなく、本年6月には、フランスやドイツで、大洪水が発生し、少なからぬ被害をもたらした。パリを流れるセーヌ川が増水し、川岸に近いルーブル美術館は、収蔵品を安全な場所に移す必要に迫られたほどである。ルーブルだけでなくパリの地下鉄も浸水し、鉄道サービスが一時的に休止するほどになった。同じころ、インドでは熱波が襲い、50℃を超える気温になったとも伝えられている。

 

当たり前だが、日本であれ、どこの国であれ、ひとたび異常気象に襲われると様々な被害が発生する。人命が失われたり、住宅やビルが損壊したり、道路や橋、鉄道が流されたり、そして、農作物が大被害を被ったり。人の生活基盤が根っこから奪われ、復旧のための費用も膨大になる。私たちの記憶にまだ新しいのは、昨年9月、鬼怒川の増水で、破堤した茨城県常総市の甚大な被害がある。一年が経過したが、被害の傷はまだ癒えていない。

 

台風にしろ、竜巻にしろ、大雨にしろ、昔からあった自然現象であるが、近年は、そのパワーや頻度などの程度が誠に問題だ。その背後にあるのは、海水温の上昇である。それをもたらしているのは地球温暖化であるのは疑いようもない。温暖化対策をしようとすれば、様々にコストが掛かるが、その対策コストよりも被害によるコストのほうが数倍大きくなるというのが、専門家の一致した意見である。しかし、様々な被害が発生していることと温暖化対策の必要性とはなかなか結びつかない。今も起こっている各地の洪水や浸水の被害者も自然現象によって運悪く被災したと思う人は多くとも、人間が長いこと怠ってきた温暖化対策の不十分さにより、人命や財産の損失が発生していると明確に認識している、つまり、端的に言えば、不十分な気候変動対策によって犠牲者になっているという認識はおそらく少ないであろう。このことが温暖化対策のパワーを弱めている一原因となっていると思うと残念でならない。

この記事の著者
加藤 三郎

加藤 三郎

環境文明21共同代表 / (株)環境文明研究所代表取締役所長
1939年11月東京生まれ。66年東京大学工学系大学院修士課程を修了し、同年厚生省入省。その後環境庁の設立に伴い、主に同庁にて公害・環境行政を担当。90年同庁地球環境部の初代部長に就任。地球温暖化防止行動計画の策定、地球サミットへの参画、環境基本法の準備などを経て、93年退官。環境文明研究所を設立するとともに、NGO(現在の「認定NPO法人 環境文明21」)を主宰する。 【兼職等】 早稲田大学環境総合研究センター顧問、日刊工業産業研究所グリーンフォーラム21学界委員、プレジデント社環境フォトコンテスト審査委員長、毎日新聞日韓国際環境賞審査委員、日立環境財団理事、損害保険ジャパン環境財団評議員など。

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