現在、9日水曜日の午後8時。
今日の午後3時、合意文章の草案がでました(数は1609から366に、オプションの数は228から47にそれぞれ減ったようです)。
多少すっきりして合意はできるという楽観的なムードはあるものの、細かい中身はどうなるかはまだ予断を許さない状況かと思います
以下は、交渉のcrunch points(差異化、長期目標、資金、損失と補償)に関する草案の中身に少しだけ触れつつ(まだ細かく読めてはいません)、それ以外の興味深いと思われる点について少し書きたいと思います。
1. 差異化
いろいろな部分に関わっているものの、特に「各国の対策(先進国の途上国への資金・技術援助なども含めて)の実施状況の検証や見直しに関する先進国と途上国との間での差異化」で対立が残っているように思います。
この検証や見直しは、京都議定書における順守システムに実質的に代わるものという意味で重要で、国によっては主権の侵害のような話になるので拒否反応が強いです。その意味で対立が長く続いています。
2. 長期目標
今の草案にある1.5℃の入れ方を巡る3つオプションの中での中庸(?)オプションは、“well below 2°C above pre-industrial levels [and to [rapidly] scale up global efforts to limit temperature increase to below 1.5 °C] [,while recognizing that in some regions and vulnerable ecosystems high risks are projected even for warming above 1.5 °C]”です。
この問題に関しては、途上国も先進国もそれぞれの中で分かれています。たとえば中国は1.5度を入れるの反対していてカナダは賛成です(カナダは前の政権との差異化?中国は最終的には妥協?最終的には先進国も含めて多くの国が1.5℃をサポートしたようです)。
他にも、2050年の世界全体の削減量やピーク時などの定量的なものやネット・ゼロやカーボン・ニュートラルという定性的な言葉がどう合意文に入るかがポイントです(ネット・ゼロやカーボン・ニュートラルという言葉にはCCSなどの技術依存や食料との競合の可能性などの理由で反対している途上国も多いです)。
3. 資金
先進国だけだけでなく新興国も払うのかというのが大きな焦点の一つでした。
結局、中国などが折れて、先進国だけが払うという感じではなくなりました(最終文(案)はOther Parties may on a voluntary, complementary basis, provide resources to developing countries, including through South-South cooperation initiatives)。
ですが、この部分は強い拘束力があるものではなく、ある程度は中国などにとっても想定内だったのかなと思います。
ただし、資金に関しては、(新興国が妥協した見返りに)具体的な数字(1000億ドル)が入るか否かなど、具体的な内容や全体的な書きぶりがどうなるかはわかりません(まだ括弧が多いです)。
その意味で、資金に関して、[new,] [additional,] [adequate,] [predictable,] [accessible,] [sustained] and [scaled-up] financial resourcesというように括弧がまだ多くて(これは先進国が強く抵抗している証拠だと思います)、これらの括弧がどう取れるかがポイントだと思います。
なお、資金の議論でよく引用されるのがOECD/CPI(CPIは民間の研究機関)のレポートで620億ドルを先進国がすでに払っているというものです。
しかし、インド政府などが批判しているように、無償も融資も協調融資も民間投資もすべて足している数字で、その正確性・新規性・追加性に関しては疑問府がつくのは確かです。ただ、1)とにかくデータがない、2)とりあえず単純に足し合わせるしかない、3) 民間資金をきちんと定義するのは至極困難、というのも個人的経験から事実です。
この分野はまだまだ研究者がやるべきことが多くて、かつ研究者だけでやれる部分は小さいです。
4. 損失と被害
草案では “a climate change displacement coordination facility” という新しい組織の構築案がまだ残っています。気候難民の問題はサイドイベントでも多く取り上げられていて、島嶼国や低開発国は、ここだけはちゃんと取りたいところだと思います(4年という見直しや検討のプロセスも含めて)。
COPのサイドイベントでもアカデミックなレベルでも、洪水や干ばつによる食料不足や食料価格高騰が難民発生の原因になっているということにはコンセンサスがあると思います。それも年間数百〜千万人レベルで。
ただ、それが、シリアのように内戦や戦争に直接的につながるとまで言うのには少し慎重な人もいる(特にアカデミックに)というのがこちらに来ての印象です。
なお、損失と被害の部分に関しては米国が「責任や補償という議論をこれからも一切やらない」という文言を入れたかったみたいで、昔の日本の公害問題(水俣病)での被害者への補償金について思い出しました。
5. 現在のコミットメント(INDCs)で何度上昇するか?
現在の各国のコミットメント(INDCs)を全部足したら何度になるかというのは重要な情報です。
しばらく前にドイツの研究機関の連携組織であるClimate Action Trackerが現在の各国のコミットメント(INDCs)を足し合わせると2.7℃上昇になると発表して、日本でもこの数字がメディアで報道されていたと思います。
しかし、一昨日にUNEP (国連環境計画)がフルレポートとして出したUNEP Gap report 2015では、先進国からの援助などの条件なしの途上国のINDCsを考慮した場合は3.5℃、条件付きを考慮した場合は3-3.5℃という数字を出しました。
で、Climate Action Trackerの数値との違いは、UNEP Gap reportの方が66%以上の確率、Climate Action Trackerの方が50%以上の確率ということのようです(Climate Action Trackerの方も66%以上にすると3度になるのである程度整合性はあります)。
なお、増加から温度上昇の大きさを計算する際に用いる気候感度はIPCC AR5と整合性がある「分布」で考えていて、特定の気候感度の数値を使った計算の結果ではないようです(なので、例の気候感度の下方修正の話は関係なく計算結果にも影響しないようです)。
6. 2度(1.5度)目標達成は可能か?
2度や1.5度目標達成が科学的(技術的、経済的)に可能なのか?というのも重要な情報です。
イギリスの研究機関Tyndall Centerのサイドイベントでは、2℃や1.5℃目標達成に必要なカーボン・バジェットを詳細に計算し直して、2℃達成の可能性は(技術的にも)非常に小さくなっているというかなり悲観的なメッセージを出していました。
前出のUENP Gap report 2015との違い(UNEPは楽観的でTyndall Centerは悲観的という認識ができているようでした)という質問に「UENP GAPでのモデルは2050年以降のネガティブ・エミッション・テクノロジー(バイオマス・エネルギー+炭素回収貯蔵)などの導入の想定が楽観的」と答えていました。
7.原子力
それほどプレゼンスはないものの、国際原子力エネルギー機関(IAEA)がブースを持っていて、いくつかの資料を置いてあります。
中身を見ると、原子力の温暖化対策としての有用性だけではなくて、放射線による品種改良(適応?)や同位体を使った気候科学研究の有用性を強調していました(何でもありという感じ)。
ただ、一昨日、フランスのテレビでは福島のことを扱った番組を公共放送でやっていました(もちろん事故の甚大さや悲惨さを伝える内容です)。
8. 研究者の役割
前出の英Tyndall Centerのサイドイベントで「研究者はどのように社会に対してコミュニケートすべきか」というのが議論になりました。
それに対しては「研究者はoptimist でもpessimistでもなくてrealistだ」と言っていました(ここまでは当然ですが)。ただ、その後に同じ研究者が「途上国は無理でも、先進国、特にオーストラリア、ノルウェー、英国は化石燃料の開発や使用を(今すぐでもというニュアンスで)禁止するべきだ」という(研究者としては大胆な?)発言をして会場から喝采を浴びていました。
最後は、(2021年までにカーボン・ニュートラルを宣言している)コスタリカのサイドイベントでの担当者(環境省高官)の言葉です。「….自分は科学者で技術者だからカーボン・ニュートラルに最初は懐疑的だった。だが具体的に検討して対策を実施していくと可能であることがわかった…自分たちの国は軍事費はゼロだ。マシンガンを買うことなどにお金を一切使わないで、その分で再生可能エネルギーなどの導入を進めている…」。
うらやましかったです。