気候感度および気温上昇停滞(ハイエタス)に関する最新の科学的知見

東北大学 東北アジア研究センター中国研究分野 教授


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本稿では、地球温暖化問題を考える上で重要である気候感度(Climate sensitivity:大気中の二 酸化炭素濃度が二倍になった時の気温変化量)および気温上昇停滞(Hiatus:以下ではハイエタス)に関する最新の科学的知見を紹介する。

同時に、日本において散見される最新の科学的知 見に基づくと言いながら温暖化対策の喫緊性を否定する議論が実際には最新あるいはロバスト な科学的知見には必ずしも基づいていないことを明らかにする。

 

1. 気候感度

現在、日本においては、“最新の IPCC 第 5 次評価報告書(IPCC AR5)や科学的知見に基づい て”という理由付けで温室効果ガス(GHG)排出経路の計算に用いる気候感度の最良推定値(best estimate)の下方修正の必要性を示唆する議論がある(例えば山口 2014;山口 2015;秋元 2014)。確かに、2013 年末に発表された IPCC AR5 においては、5-95%の信頼区間で気候感度を 1.5-4.5℃とした。また、最良推定値は提示されなかった。

 

一方、2007 年に発表された IPCC 第 4 次評価報告書(IPCC AR4)では、5-95%の信頼区間で 2.0-4.5℃、最良推定値は 3℃と提示された。しかし、IPCC AR5 において下限が広がった理由は、IPCC AR4 以降、気候感度の様々な計算 方法の一つであるエネルギー・バジェット・アプローチを用いた研究(たとえば Otto et al. 2013) での試算結果が低い数値を示したからである(Mann 2014)。

 

その一方で、IPCC AR4 での推定 の上限に近いような高い試算数値を示す研究論文(例えば Fusullo and Trenberth 2012)も同時期 に発表されている。すなわち、複数のアプローチによる結果が整合的でなかったために最良推 定値が提示されなかった。言い換えれば、「その時点の証拠では最良推定値を提示できない」 という点で IPCC AR5 の執筆者間での合意があった。

 

山口(2014)や秋元(2014)は、2015 年の先進国首脳会議(G7 サミット)で決定した「2050 年までに 2010 年比で 40%から 70%の幅の上方の削減」のようなレベルの GHG 排出削減に疑義 を唱える文脈で、エネルギー・バジェット・アプローチを用いた研究である Lewis and Curry(2014) を引用する。確かに、この IPCC AR5 後に発表された研究論文は低い気候感度を示している。し かし、この研究論文の方法論や結論に対しては、

 

1)エアロゾール・海洋蓄熱量などに関する最新データを用いていない
2)5-95% 信頼区間の数値は他の研究で示されている 5-95% 信頼区 間の数値と大きく変わらない
3)最近のハイエタスが影響している(ハイエタスに関しては後述)

 

などが指摘されている(Miller 2014;Rogelj et al. 2014)。

 

また、IPCC AR5 後でも、IPCC 2 AR4 での推定の上限に近いような高い数値を示す研究論文(例えば Sherwood et al. 2014;Fasullo et al. 2015)が IPCC AR5 前と同じように発表されている。さらに、最近になってエネルギー・バジェット・アプローチが、その簡略化した前提(気候 フィードバックは時間的に変化しない)のために気候感度を低く見積もるという方法論的問題 を指摘する研究論文が複数発表されている(例えば Armour et al. 2013;Long and Collins 2013)。

 

そのような論文の中には、エネルギー・バジェット・アプローチ自体の考案者である Jonathan Gregory によるものさえある(Gregory et al. 2015)。

 

 

2. 気温上昇停滞(ハイエタス)

人為的な CO2排出による温暖化や積極的な温暖化対策に疑義を持つ人々が用いる典型的な議 論の一つに、1998 年以降、気温上昇が停滞しているというものがある(例えば Watts 2008)。

 

しかし、このハイエタスは 1998 年がエルニーニョ現象によって世界平均気温が異常に高く、そ の後の 2000 年代は冷却化をもたらすラニーニャ現象によって見かけ上では世界平均気温の上昇 のスピードが小さくなったことが一つの要因である(IPCC AR5 政策決定者用サマリー, p.5)。

 

そのエルニーニョやラニーニャは地球の内部変動という自然現象によるものであり、気温変化 への影響という意味では長期的には相殺されてゼロとなる。すなわち、IPCC AR5 などで強調しているように、地球温暖化を議論する際には短期的傾向を見ても意味がない。また最近になって、1998 年以降の気温上昇停滞の一部が、

 

1)極地域における観測地点の不備、
2)異なる海水温観測方法を用いた観測データ間の未調整、
3)統計的処理の誤り、

 

などによる ことを示す研究論文が複数発表されている(Cowtan and Way 2014;Karl et al. 2015;Rajaratnam et al. 2015)。すなわちハイエタスは当初思われていたものより小さかった可能性がある。

 

そもそも数年〜10 年程度のスケールでは自然変動の影響が出やすい気温データを用いて気候 変動問題における長期傾向や気候感度を論じることに問題がある(Fusullo and Trenberth 2012; Schmidt 2015;Mann 2014)。

 

なぜなら、温室効果によって地球に蓄えられるエネルギーの 9 割 以上は海が吸収するからである(IPCC AR4 WG1 Chap.5, 5.2.2.3)。すなわち、陸上あるいは海 上の気温として現れる地表のエネルギー吸収分は非常に小さい。

 

それゆえに、エルニーニョの ような内部変動がもたらすノイズによって地表気温は大きく影響を受けて変動する。一方、海 洋の熱吸収量の変化を見ると、実際に 1998 年も停滞することなく一定の割合で上昇中である(例 えば Nuccitelli et al. 2012)。すなわち、地球全体で見れば温暖化は途切れなく続いている。

 

 

3. まとめ

以上述べたように、最近になって「気候感度は小さい」「温暖化は止まった」という二つの 議論に対して否定的な研究論文が複数編発表されている。もちろん、これらへ再反論するよう な研究論文が発表されたり、新たな知見が見出されたりする可能性はある。また最新の研究論 文が必ずしも正しいとは限らない。

 

しかし、少なくとも現時点において、気候感度の最良推定 値を下方修正することに科学者間で合意があるわけではない。一方、IPCC 評価報告書などで繰 り返し強調しているように、「たとえハイエタスが存在したとしても長期的な気温上昇や気候 変動とは関係ない」というのが科学者間での合意である。

 

今回の気候感度およびハイエタスをめぐる議論によって、ある意味では温暖化問題に関わる 国際的な科学コミュニティの健全さが示されたと言いうる。なぜなら、IPCC AR5 においては、 それまでの主流的な方法・試算値と異なる方法・試算値が提示された場合、それを拒否することなく取り入れたからである。また、意見が異なる場合には、合意を無理に形成しないことも 示されたと言える。

 

謝辞:本稿に対して独立行政法人国立環境研究所地球環境センターの江守正多氏と塩竃秀夫氏 に有益なコメントを頂きました。ここに感謝の意を表します。

 

 

この記事の著者
明日香 壽川

明日香 壽川

東北大学 東北アジア研究センター中国研究分野 教授
(あすか じゅせん) 東北大学 東北アジア研究センター中国研究分野 教授 東北大学 環境科学研究科 環境科学政策論 教授(兼任) 東北大学 文学研究科 人間科学専攻 科学技術論講座 教授(兼任) (財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクター 1986年 東京大学大学院農学系大学院修士課程修了(農学修士) 1989年 欧州経営大学院(INSEAD)MBAプログラム修了(経営学修士) 1996年 東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程単位取得退学(2000年、博士号(学術)取得) スイス実験外科医学研究所研究員、(株)ファルマシアバイオシステムズ管理部プロジェクトマネージャー、電力中央研究所経済社会研究所研究員などを経て1997年から現職。ほかに朝日新聞アジアネットワーク客員研究員、京都大学経済研究所客員助教授などを歴任。第32回山崎賞受賞(2006年11月25日)

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