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2015.12.31

宮城県の復興と地球温暖化対策の両立をめざして


林業の太陽

度重なる震災からの復興と地球温暖化対策の両立をめざして

 

背景

宮城県の森林面積は42万ha、県土面積は73万haですので、県土の約6割を森林が占めていることになります。 森林面積の7割に当たる29万haが民有林であり、このうち宮城県有林の面積は1万3,000haとなっています。

これまで宮城県では、豊富な県有林資源を適正に整備することにより、優良な県産材を供給するとともに、森林の持つ公益的機能を高度に発揮できるよう管理し、県民の生活・財産を守ってきました。

一方、国内で地球温暖化対策として森林による二酸化炭素の吸収・固定能力への期待が高まる中、宮城県は平成23年に「みやぎ環境税」を創設しました。 宮城県の豊かな環境を守り、次世代に引き継ぐことを目的とし、新たに実施する環境施策に充当する財源として県民税均等割の超過税制度を導入することとしたものです。

今回紹介するオフセット・クレジット(J-VER)制度を活用した「森林吸収オフセット事業」は、この「みやぎ環境税」を活用して実施しています。

本事業では市町村や団体、個人等の森林所有者に対し、J-VER制度を広めることにより森林整備を促進するため、J-VERを①実際に取得して、②販売し、③取得・販売方法を普及すること、を事業目的としています。

筆者:ECOLOGライター(宮城県 唐澤 悟)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年7月号)」より再編集して掲載しています。)

度重なる震災

平成20年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震により、宮城県北西部内陸地域の山間部では、大規模な地滑りが発生し、一山全体が消滅してしまう等、 山地災害としては世界的にも類を見ないほど大きな被害となり、そこに暮らす地域住民や山仕事に携わる者にたいへんな衝撃を与えると同時に、地域の林業・林産業は大きな打撃を受けることとなりました。

この大災害からようやく立ち直りかけた平成23年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。 これまで経験したことのない長く激しい揺れと、巨大な津波により、宮城県はまたしても激甚な災害を被ることになってしまいました。 とくに千年に一度とも称されている津波による被害は、沿岸部一帯に壊滅的な被害をもたらしました。

東日本大震災では森林への直接的被害は比較的少なかったものの、沿岸部では日本有数の木材集積機能を有する石巻地方の木材加工施設群などが、巨大津波により軒並み損壊してしまいました。 このため、木材の出荷先が喪失し、森林整備から木材利用までのサプライチェーンが寸断されてしまったのでした。

その結果、県内陸部の森林整備や木材の生産・流通が停滞を来たし、供給先を失った森林整備事業体の存続や、林業従事者の雇用確保にも深刻な影響が生じました。 また、仙台湾を中心に、海岸林が壊滅的な被害を受けたことにより防災機能はもとより、そこに併存していた貴重な干潟等の生物多様性も数多く失われてしまいました。

森林・林業分野に限っても、このようにたいへんな被害と影響が発生しました。 震災直後より、全国の皆様から心温まるたくさんの励ましや、多くのご支援をいただいていることは、私たちにとって本当に大きな力となっています。 この場をお借りし、改めて厚くお礼申しあげます。 ありがとうございました。

 

被災地支援型オフセット・クレジットとしての位置づけ

前述のとおり、宮城県が取り組む「森林吸収オフセット事業」は、地球温暖化防止に寄与しながら、創出したクレジットを市場に流通させることにより、森林整備のための新たな資金を生み出し、 森林経営の一助にすることを実践し、この取組みを県内に広く浸透させていくことを目的としていますが、同時に度重なる大震災に見舞われた現実を踏まえて、運用に当たっては、 森林・林業分野の復興に役立てるための原資としても活用することとしています。

このため、創出するJ-VERは、「被災地支援型オフセット・クレジット」と位置付け地球温暖化防止対策だけでなく被災地復興に対しても関心の高い方々からご支援をいただけるようにしました。

宮城県が創出した県有林J-VERを購入していただくと、県有林における間伐等の整備が促進されるため、CO2の吸収・固定量が増大するばかりか、間伐施業等に係る雇用が確保されるとともに、 良質な県産材を豊富に供給することが可能となり、本格化に向け動き出している震災復興木造住宅の建設等に役立ちます。

 

宮城県県有林森林吸収J-VERプロジェクト

宮城県では2つのJ-VERプロジェクトを立ち上げました。 1つ目は平成23年度に大崎エリアにて、2つ目は24年度に栗原エリアにおいて、それぞれ認証を得ることができました。 両エリアは宮城県北西部の山間部に位置し、岩手・宮城内陸地震において大きな影響を受けた地域でしたので、「被災地産オフセット・クレジット」であるともいえます。

 

①宮城県県有林森林吸収J-VERプロジェクト(大崎エリア)
本プロジェクトは大崎市と加美町の県有林の森林施業計画を対象として、平成23年12月にJ-VER制度におけるプロジェクトとして登録を得ました。 当該森林施業計画に基づき21年度から22年度まで、約12haの間伐を実施し、この間伐実施に対して24年2月に162(t含バッファー3t)のJ-VERクレジットが認証・発行されています。

震災の影響により事業開始が大幅に遅れてしまいましたが、宮城県内では初となる森林吸収系オフセット・クレジットを創出することができました。

②宮城県県有林森林吸収J-VERプロジェクト(栗原エリア)
本プロジェクトは栗原市の県有林の森林施業計画を対象として、平成24年11月にJ-VER制度におけるプロジェクトとして登録を得ました。 当該森林施業計画に基づき20年度から23年度まで、約71haの間伐を実施し、この間伐実施に対して25年2月に1,762(t含バッファー52t)のJ-VERクレジットが認証・発行されています。

創出したJ-VERクレジットの単価は、取得に要した経費等や市場の動向を考慮するとともに、本取組みの目的の一つに掲げた「成功事例をノウハウとして獲得して制度を普及する」ことを達成するため、 オフセット事業者等が購入しやすい価格設定にとの観点から、10,000円(税抜)としました。

 

「被災地支援型」カーボン・オフセットの事例紹介

「被災地支援型オフセット・クレジット」として宮城県の県有林J-VERクレジットを選択し、購入していただいたオフセット事業者の中から、代表的なカーボン・オフセットの事例についてご紹介いたします。

①NPO法人環境会議所東北(宮城県仙台市)
NPO法人環境会議所東北は、平成24年10月に宮城県の夢メッセみやぎにおいて“復興が福幸になることを期待して”との理念の下、東北最大級の環境総合展として開催された「エコプロダクツ東北2012」を主催し、 大会開催に伴い発生するCO2排出量の一部をオフセットしました。

この事例が宮城県県有林J-VERクレジットによる記念すべき第1号のカーボン・オフセットととなりました。

②カルビー株式会社(東京都千代田区)
カルビー株式会社カルネコ事業部は、“排出権を持つ森林事業と、環境保護に積極的な企業と、 エコ活動に関心の高い消費者を結ぶ”プラットフォームとして「EV(IEcoValueInterchenge)」システムをWEB上で運営されています。

EVIの中で、環境貢献と同時に被災地支援について関心の高い事業者・消費者等の要望に応えるとともに、復興支援のツールとして広く提案していただきながら「被災地支援型オフセット・クレジット」 を取り扱っています。

③株式会社環境思考(三重県四日市市)
株式会社環境思考山形営業所では、山形県内で地域の人々がリサイクルと同時にカーボン・オフセットできるシステム「森のエコステーション」を展開されています。 山形営業所ではこの取組みの中で、山形県に隣接する宮城県を支援したいとの想いから「被災地支援型オフセット・クレジット」を活用していただいています。

④司法書士法人御池事務所(京都府中京区)
御池事務所では業務の特質上、紙類を多量に使用することから、これに伴う複合機等事務機で使用する電力や、社用車で使用する化石燃料など、 自社活動に由来して排出されるCO2を被災地産J-VER等を活用してオフセットすることにより、復興支援や森林整備に貢献しています。 なお、この取組みにより、司法書士業界初のカーボン・オフセット認証を取得されました。

⑤損保ジャパン日本興亜HD(東京都千代田区)
損保ジャパン日本興亜HDでは被災地の早期復興と環境に優しい地域作りに貢献するため、宮城県県有林J-VERクレジットにより、カーボン・オフセットを実施されました。

そのしくみは、環境配慮型の保険契約の実績に応じて一定金額を拠出し、契約者の生活由来によるCO2排出量の一部をオフセットするという、保険会社ならではの取組みでした。

この取組みに先立ち、平成24年8月3日には、宮城県庁において「復興支援カーボン・オフセット調印式」を開催し、被災地の復興と地球温暖化対策を協力して推進していくことを内容とする協定を締結しました。 この事例は、宮城県県有林J-VERクレジットによるオフセットとしては過去最大の数量となっています。

⑥株式会社ベアーズ(東京都中央区)
株式会社ベアーズは、同社が展開する家事代行サービスの顧客による利用実績に応じて一定金額を拠出し、被災した地域の森林の再生等を目的に、とくに宮城県を支援したいとの想いから、 参加されている前述②で紹介しましたEVIを通じて宮城県県有林J-VERクレジットを購入されました。

以上のように、購入者であるオフセット事業者の方々の「被災地支援」に対する関心は非常に高く、予想を上回る申込みをいただきまして、 現在までに2つのプロジェクトで取得した合計1,868t(除バッファー)の全量について販売を完了(含一部予約)することができました。

なお、ここで紹介しました例を含め、10t以上購入された事業体に対しまして、木製のオリジナル購入記念証を進呈しましたところ、たいへんな好評を得ております。

 

宮城県内の森林吸収系プロジェクト

現在、宮城県県有林J-VERクレジットの在庫はなくなってしまいましたが、宮城県内では県の取組みに触発されて、次の3つの創出事業者によるプロジェクトが新たに登録され、 それぞれJ-VERクレジットを取得・販売しています。

これらの創出されたオフセット・クレジットは、宮城県県有林と同様に、震災からの復興に必要とされる良質な県産材を産出し、雇用確保のために重要な役割を果たす森林から創出されていますので、 「被災地支援型」オフセット・クレジットとして位置づけられるものです。

宮城県が推進している「森林吸収オフセット事業」の3つの目的の一つである「普及」の立場からも、これらのクレジットがカーボン・オフセット事業者等に活用されるよう県としても支援していく予定です。

①一般社団法人宮城県林業公社(仙台市)
「宮城県林業公社有林における間伐促進による震災復興と森林吸収J-VERプロジェクト(気仙沼管内)」により、平成25年2月に1,150t(含バッファー34t)のJ-VERを創出しました。 このJ-VERは、津波により市街地が壊滅的に被災した気仙沼市内に所在する公社有林から生み出されたものです。

②登米市(登米市)
「登米市私有林間伐促進森林吸収プロジェクト」により、平成25年5月に3,812(t含バッファー114t)を創出しました。 このJ-VERは、津波により大きな被害を被った南三陸町等の沿岸部に隣接する登米市に所在する市有林から生み出されました。 今後の復興木材住宅等の建設に当たり、木材の供給地として期待されているところです。

なお、震災の影響で同市内の「矢羽根材」として知られる間伐材等を活用した木工品加工販売施設「もくもくランド」は存続の危機に立たされましたが、 全国各地からの被災地支援にいらしたボランティアの方々に利用していただいたお陰もあり、息を吹き返すことができました。本J-VERの販売収入は、このような林産業の振興にも寄与するものとなります。

③米川生産森林組合(登米市)
「米川生産森林組合有林間伐促進森林吸収プロジェクト」により、平成25年5月に2,329(t含バッファー69t)を創出しました。 このJ-VERは②の登米市同様、同市内に位置する組合有林から産出されたもので、同じく復興に向けての木材供給地として期待されています。

 

おわりに

震災から3年目の今年度は「宮城県震災復興計画」において「復旧期」の最後の年に当たり、次の段階となる「再生期」へ向けて確実な足固めの年として重要な年になります。 今後は、地球温暖化防止対策や被災地復興に関心の高い方々からのご支援をますます必要とする時期に入ってまいります。

カーボン・オフセット事業者の皆様のご理解とご支援をいただきながら、森林・林業を媒介とする「被災地支援型」オフセット・クレジットを通じた、震災復興を協同で促進していければ幸いです。

最後になりますが、環境省のJ-VER制度と経済産業省の国内クレジット制度が統合し、「J-クレジット制度」として創設され、今年度中に運用が始まります。 このことにより、カーボン・オフセットの取組みがクレジット創出事業者に対しても、オフセット事業者に対しても、より利便性の高いものとなり、 広く一般に対して普及・拡大していくことを心より期待申し上げます。

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