日中環境保護合同委員会をめぐる最新動向


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はじめに

10回目となる「日中環境保護合同委員会」が9月14日、北京市内で開かれた。同会議は両国政府の環境部局が日中それぞれの環境政策および二国間・多国間における環境協力について意見交換を行うもの。

1994年に締結された日中環境保護協力協定に基づき開かれているもので、前回は2010年4月に東京で開催された。今回会合には、日本からは外務省と環境省、中国政府からは環境保護部の幹部級官僚がそれぞれ出席した。

今回会合が開催された日は、すでに日本による尖閣諸島の国有化問題などによって両国の関係は悪化に向かい始めていたものの、中国国内での反日デモが発生→暴徒化する前の日程だったこともあってか、同会合自体の開催には何ら影響はなかったという。ただ、2014年以降の開催に関しては、今後の関係修復の状況次第と、環境省はみている。

筆者:ECOLOGライター(大村 朋巳)
(この記事は弊社発行媒体「日中環境産業 (2013年11月号)」より再編集して掲載しています。)

 

1.自然災害対応セミナー、2014年年1月にも開催へ

今回会合では、2007年4月の「日中環境保護協力の一層の強化に関する共同声明」と、その後の進展を踏まえて幅広く意見交換等が行われた。当日の会議で意見交換した主な事項等は、以下のとおり。

1)両国の環境保護政策の進展の紹介
2)電子廃棄物越境移動および対中輸出廃棄物原料の放射性物質汚染問題
3)微小粒子状物質、黄砂等の大気汚染に係る協力
4)生物多様性保全および持続可能な利用に関する協力の展開
5)日中気候変動対応協力
6)小規模都市・農村でのアンモニア性窒素の総量排出削減モデルプロジェクト
7)コベネフィット・窒素酸化物総量抑制プロジェクト
8)日中循環経済推進プロジェクト
9)環境と健康管理分野の日中協力の強化(環境汚染健康損害賠償制度構築推進プロジェクト)
10)将来の日中環境保護協力の方向

このうち、1)では環境省が震災への対応・復興状況について説明、2013度中に「自然災害対応セミナー」を開くことを明らかにした。

このセミナーは2013年5月、同じく北京市内で開催された「第14回日中韓3カ国環境大臣会合」(TEMM14)で、細野豪志前環境相が開催準備を進めていることを表明していた。環境省は3カ国の政策担当者等を対象にした「自然災害対応セミナー」を今年1月にも開く方向で検討中としている。

一方で中国側からは、昨年策定された「第12次5カ年計画(」12次5計)に基づき実施されている対策の一環として、大規模プロジェクトに課す環境アセスメントの基準強化やPM2.(5微小粒子状物質)の環境基準導入について報告がなされた。

このうちPM2.5に関しては、昨年11月に在中米国大使館が北京市内におけるPM2.5の濃度測定データを公表、その測定値が世界保健機構(WHO)の大気質ガイドライン値を大きく上回っていたことから、同国市民の関心が急速に高まり、これを受けて中国政府が今年2月に環境基準の導入を決めるなど、取組み強化を図っていた。

2)では、E-Waste対策の一環として2010年に導入された「廃棄物の不法越境移動防止のための日中間ホットライン」を通じて、引き続き有害廃棄物の不法越境移動防止対策を進めていくことが確認された。

また、東日本大震災による災害廃棄物の管理のあり方について引き続き情報交換を行うとともに、とくに放射性物質に汚染された可能性のある鉄スクラップなど再生資源原料の取扱い等についても連携のあり方などについて検討していくことを確認した。

 

2.環境基準を新設したPM2.5対策などで新たな共同事業など模索へ

3)で議論の対象になったのは、

①PM2.5に関する協力、
②黄砂観測のデータ共有、
③光化学オキシダントの共同研究の視野の拡大、
④EANET(東アジア酸性雨モニタリングネットワーク)活動実施――の4点。

このうち①は、PM2.5環境基準の運用などをめぐって今後の協力を約束したもの。ただし、協力の内容や方法については今後の検討課題とされた。

一方、②は2008~10年まで国立環境研究所と日中友好環境保全センターの間で実施されていた日中黄砂共同研究事業 (黄砂観測ライダー装置による観測データの共有事業)の再開に向けた取組みについて意見交換したもの。

すでに専門家ベースでは、国立環境研究所と中国環境科学研究院(環境保護部の下部機関)とが連携して共同研究を行う方針を固めており、2013年5月のTEMM14で、細野前環境相が周正賢環境保護部長に協力申し入れを行っていた。しかし、まだ政府間レベルでの合意には至っていない。

一方、③は日中韓の3カ国、④は東アジアの13カ国が取り組む多国間協力事業のそれぞれについて意見交換したもの。

③の光化学オキシダントの共同研究事業では3カ国が連携して「共同観測」「オゾン測定の精度管理「」北東アジアにおける光化学オキシダントのトレンド解析」の3事業に取り組む。

今回会合では、光化学オキシダントに加えてPM2.5の共同研究事業も行うよう日本が提案。今後の検討課題とされた。

4)は10月8日~18日までインドのハイデラバードで開かれる生物多様性条約第11回締結国会議(COP11)を前に、2年前名古屋市内で開催されたCOP10で採択された「遺伝資源の利用と公正な利益配分に関する名古屋議定書(」ABS議定書)の批准に向けた取組みなどについて意見交換したもの。

 

 

3.低炭素都市づくりの研修事業を拡大実施、アジア炭素市場構想研究も

5)は、日本側よりCDM(クリーン開発メカニズム)に関するキャパシティー・ビルディング、低炭素発展モデル都市への支援等日中間での具体的協力事項を紹介。今後も2国間で「日中気候変動対応協力プロジェクト」を進めていくことを確認した。

このプロジェクトは2006年度に開始した「日中CDM協力プログラム」の後継事業として2011年度から新規着手したもの。11年度は「低炭素発展高級研修事業」「日本の排出量取引制度等の研究」の2事業を実施、今年度は「低炭素発展高級研修事業」を継続、新たに「アジア統一炭素市場の戦略研究」に着手することになっている。

このうち「低炭素発展高級研修事業」は、環境省が地球環境戦略研究機関(IGES)に委託して実施しているもの。同事業は、中国が2010年7月に「低炭素モデル都市」に指定した広東省、遼寧省、湖北省、陝西省、雲南省および天津市、重慶市、深セン市、アモイ市、杭州市、南昌市、貴陽市、保定市の5省8市や同国政府の官僚等を対象に、低炭素都市づくりのための「研修事業」を行うもの。

今年2月に1回目を開催、7月には中国が12次5計に基づき新たに設けた「国内排出量取引制度モデル事業」を展開する2省5市も対象とし(北京市と上海市以外は低炭素モデル都市と重複)、国内排出量取引制度整備のあり方なども議題に加えて研修事業を行っていた。中国は同事業を高く評価、継続実施することになっているという。

一方の「アジア統一炭素市場の戦略研究」は、IGES等が検討中のアジア地域を対象とした炭素市場の形成構想の実現に向けて、連携して取り組むことなどを検討している。

 

 

4.農村排水処理事業は窒素・リンを対象に高度化へ

6)では、「小規模都市・農村でのアンモニア 性窒素の総量排出削減モデルプロジェクト」(第2期)の取組報告等が行われた。同プロジェクトは、「日中水環境パートナーシップ事業」の一環として2006年度から5カ年計画で実施した「農村地域等における分散型排水処理モデル事業」の後継プロジェクトとして2011年度より取組みを開始したもの。

前の事業はCODの排出削減に着目し、中国国内6カ所にモデル施設を整備して実証事業を行ってきたが、後継プロジェクトは12次5計で削減対象汚染物質に追加された「アンモニア性窒素」の削減に寄与するモデル処理施設の整備に取り組むことにした。

具体的には、平膜を活用した高度化処理施設を3カ年で3カ所整備、並行してワークショップやセミナーを展開する計画。モデル施設の整備は現在、山東省威海市での取組みが進められている。同市の事業はクボタが受注し、施設整備を開始した。残り2カ所については実施場所も含めて選定中という。

今回会合では、これら事業の成果と今後の協力についての確認が行われた。このほか、7)のコベネフィット協力事業は2006年度から大気汚染物質のSOxとCO2を同時に削減する事業として、四川省攀枝花市と湖南省湘譚市で研修事業などを展開しているもの。この研修を契機として、民間ベースでの事業化が進むことを期待している。

さらに12次5計では、NOxを削減対象物質に追加したため、両国は昨年度「日中NOx総量抑制プロジェクト」を立ち上げた。同事業は、湖北省武漢市をモデル都市として、固定発生源および移動発生源からのNOx削減技術や削減手法導入に向けた実証事業等を行うことにしている。今回会合では、これら事業の成果と今後の協力についての確認が行われた。

 

 

5.JICAでは循環と環境汚染健康損害賠償制度2プロジェクト展開中

8)の「日中循環経済推進プロジェクト」と9)の「環境汚染健康損害賠償制度構築推進プロジェクト」はいずれも(独)国際協力機構 (JICA)が外務、環境両省と連携して進めている技術協力プロジェクト。

実施主体は中国環境保護部、日中友好環境保全センターが担い、8)は2008~2013年、9)は2009~2012年まで実施する計画となっている。

このうち8)のプロジェクトは、

▽環境に配慮した事業活動の推進、
▽廃棄物適正管理の推進、
▽国民の環境意識向上、
▽静脈産業類生態工業園整備の推進――などの取組みを推進中という

「環境に配慮した事業活動」と「廃棄物適正管理」に関する取組みでは、各種ガイドラインや実務教材の作成、普及セミナーなどを実施した。

また、「静脈産業類生態工業園整備」の取組みでは関連する現地調査や分析などの作業、「国民の環境意識向上」に関しては「日中環境技術情報プラザ」(仮称)の整備や「環境解説ボランティア」の養成などに向けた取組みが進められている。

一方の「環境汚染健康損害賠償制度構築推進プロジェクト」は、鉛や農薬汚染など中国国内で深刻化する環境汚染による健康被害に対する救済制度の構築を支援するための事業。訪日研修やセミナー開催等を通じて、日本の「公害健康被害の補償等に関する法律(公健法)」と同様の制度整備などを支援するのが狙い。

同事業の成果などを踏まえ、中国政府は2011年2月「、重金属汚染総合対策第12次5カ年計画」を策定し、カドミウムや水銀、鉛などの重金属排出量の削減に向けた具体的な取組みを開始。JICAもこれに対応した訪日研修などを行っている。

今回会合では、これら成果を踏まえつつ、今後の技術協力のあり方について議論した。外務省はその結果について、「あらためて関係機関間で協議し、次のプロジェクトの具体化などにつなげていきたい」(中国・モンゴル第2課)と話している。このほか、会合では「将来の日中環境保護協力の方向」についても議論した。

中国からは、1都市に着目した新たな日中環境協力、2農村環境保全に着目した新たな日中環境協力――の2つの提案があった。ただ、都市と農村それぞれにおいてどんなプロジェクトを取り組むかなど、具体的な協力内容についての言及はなかったという。今後さまざまな場で協議を進め、新たなプロジェクトの実施につなげていくことになった。

 

6.日中関係悪化の影響については

今後、最大の課題は、悪化の一途をたどっている日中関係が、これら協力事業に及ぼす影響だ。今までのところ、これらの協力案件への具体的な影響はないと外務省は説明しているが、この関係悪化が中長期に及べば、少なからぬ影響が出るのは必至。いずれの環境協力も中国国内では欠かせない対策であり、とくに大気汚染対策などは日本の環境保全にも大きく影響する国際的な課題でもある。

その国交関係修復のタイミングについて、ある中国の専門家によれば、一つ目は11月8日から開かれる中国共産党全国大会による新体制発足のあと。2つ目は日本国内の政権交代のあとを大きなチャンスとしてあげた。

逆にこの2つのタイミングを逃すと、国交関係の悪化がより深刻化する可能性が高くなるという。そうなれば「日中環境保護合同委員会」の開催もきわめて困難になる。実際に同委員会は、1994年の初会合後毎年開催を前提としながら、日中国交関係悪化の影響を受けて、2003~2006年まで開催されなかった経緯がある。

このほか、毎年春に開催されている日中韓3カ国環境大臣会合をはじめアジア地域を対象にした各種会合などへの影響も懸念される。領土問題は容易に決着する問題ではない。日中関係の悪化は、社会経済だけでなく環境にも大きなダメージを与える。まずは、早期の国交関係修復に向けた取組みが望まれる。

 

 

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