環境技術と知識の継承 シニア層の役割 <第1回>


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はじめに

中国北京における大規模なスモッグの発生(PM2.5濃度の急上昇)は、日本国内においても衝撃的に受け止められ、マスコミを含め大騒ぎとなっています。

1960~1970年代に、日本で公害が大きな問題となったことを知るものにとっては、一抹の懐かしさも覚えます。まさに40年以上前に見た光景がさらにパワーアップして、テレビ画面に映し出されている感があります。

当時、産業の振興による経済発展が社会を豊かにするという反面、公害という事態を招いてしまうことに戸惑いを覚えました。また同時に、科学技術の発展の負の側面に目を向け、対処する重要性を強く感じました。

この時代は地域における環境問題が被害と直結している場合が多く、比較的目に見える形で環境問題を体感できていました。今は、環境問題の中身も変わってきて、地球環境や微量有害物質のように、生活と直結した問題として身近に感じることは少なく、個人の感受性や問題意識の程度でかなり異なっています。

いずれにしても、環境は重要な社会的課題であり、それに対処し解決するために、多くの人材を投入し、継続的な努力を続けていかなければならないことは自明のことです。深刻な公害問題を解決してきた日本の環境技術は、その後、継続して維持されてきており、今後もより力を増して進化させなければなりません。

しかし、その実態を見た時、必ずしも楽観できるものではないように思えます。公害問題の対処や日常的なモニタリングに大きな役割を果たしてきた地方環境研究所をはじめ、多くのところで環境技術の継承に支障が出てきていると感じられます。

ここでは、現在の環境測定技術の実状を整理し、それにどう対応し、培われた技術をどのように継承していったらいいのかについて考えてみたいと思います。

 

筆者:ECOLOGライター(岩本 真二)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年4月号)」より再編集して掲載しています。)

 

1.環境問題の変遷

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最初に、環境問題の移り変わりについて触れたいと思います。1960~70年代に起きた公害問題は、有機水銀による熊本水俣病、新潟水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病、大気汚染による四日市ぜん息の四大公害裁判として知られています。

これらは大きな社会問題となり、いくつもの新しい公害関係の法律が作られました。それに伴い、水質・大気の金属分析、農薬などの有機分析、大気の常時監視などが始まります。1970年代の中頃には、産業を中心とした公害問題は、各方面の努力により一応成果を収めます。

この頃から、問題は産業公害から都市公害へと移っていきます。自動車の増加による排気ガス、水質では生活排水による汚染など身近な問題が中心になります。1980年代の後半には、オゾン層破壊、地球温暖化などの地球環境問題が大きなテーマとして浮上してきます。

これは、地方で手に負える問題ではなく、国と国際関係によって方向付けられたことを地方で実施していくという形になります。その一つのキーワードは循環型社会の形成で、地域での具体的な成果の積み重ねが必要なものです。

この間の環境測定技術は、金属分析は、当初、原子吸光法で行われていたものがICP-MSへ、農薬四大公害裁判として知られています。これらは大きな社会問題となり、いくつもの新しい公害関係の法律が作られました。それに伴い、水質・大気の金属分析、農薬などの有機分析、大気の常時監視などが始まります。

1970年代の中頃には、産業を中心とした公害問題は、各方面の努力により一応成果を収めます。この頃から、問題は産業公害から都市公害へと移っていきます。自動車の増加による排気ガス、水質では生活排水による汚染など身近な問題が中心になります。1980年代の後半には、オゾン層破壊、地球温暖化などの地球環境問題が大きなテーマとして浮上してきます。

この間の環境測定技術は、金属分析は、当初、原子吸光法で行われていたものがICP-MSへ、農薬などの有機分析はガスクロからGC-MS、LC-MSへ、イオン分析は吸光光度法からイオンクロマトへと変わっていきます。

コンピュータの急速な進化は、機器の自動化を進めることになります。しかし、たとえば、アスベストのように、過去に問題になり多くの調査が実施され、対策も講じられてほぼ終わっていたと思っていたものが、20年の潜伏期を経て、再度、問題として浮上してくるというケースもあります。

むかし分析していた人が、まだ残っていて、どうにか対応できたという話も聞きます。このように、環境問題は時代とともにその課題とすべきものは変わり、それに伴う測定項目も違ってきますが、基本となる部分での変化はそれほど大きいわけではありません。過去に培われたノウハウをどのように活かして継続していくのかが問われます。

 

2.環境測定技術の現状

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地方における環境測定は、各関 係法律に基づいて、その多くを都道府県が担っています。都道府県の中では、日常的なモニタリングを中心に、地方環境研究所がその役目を果たしてきました。

法律に基づくモニタリングには、公共用水域・工場排水などの水質(水質汚濁防止法)、大気常時監視・大気有害物質調査(大気汚染防止法)、悪臭(悪臭防止法)、騒音・振動(騒音防止法・振動防止法)、廃棄物処理場の監視(廃棄物処理法)などで、この他ダイオキシン類特別措置法によるダイオキシン類の調査なども含まれています。

地方環境研究所では、問題が起きた時にこれらのデータをもとにして、発生源の推定や影響についての究明などを行ってきました。米国EPAの職員数は2万人近くいるのに比して、日本の環境省はその10分の1程度であり、日本では地方、民間を含めた総合的な力で環境問題へ対処しているといえます。

ところが、2009年には名古屋市で環境研究所廃止の方針が出されるなど、地方環境研究所は厳しい状況にあります。これには、地方自治体での生産活動優先の姿勢と、その波及としての環境予算の削減が背景としてあります。2009年にPM2.5が新たに環境基準に制定され、測定は地方自治体に義務づけられるようになりましたが、予算の厳しさを理由に自治体での測定への取組みは非常に鈍いものでした。

中国での1月のPM2.5高濃度で、市民の関心が高まり、あわてて予算をつけ始めた自治体も少なくありません。また、このような環境予算の縮小は、環境分析を外注する動きを加速しています。地方環境研究所の見直しが進む中で、モニタリングに係る測定分析を外注し、職員は研究に傾注するという方針を掲げたところもあります。

しかし、日常的に現場やデータに接する機会を失くして、研究を進めるのは非常に難しいことです。また、研究はある事案に特化することですから、広範な測定技術を維持し継承していくことは容易ではありません。

環境問題は、しばしば、ある課題に対して非常に盛り上がることがあります。何かの事件が起きたり、研究者が警告を発したときに、マスコミが一斉に取り上げ、国中でそれ一色になるような事態です。「はやりもの3年」と揶揄されるように、しばらくするとある程度の対策も講じられ、ニュースとして取り上げられることも少なく、話題にもならなくなってきます。

しかし、このような事案の中でもダイオキシン問題は特別でした。問題の取り上げ方に批判的な論評もいくつか出ていますが、廃棄物焼却炉の問題や法律に基づく広範囲の調査は、依然かなりの規模で継続されています。社会的関心の急激な盛り上がりからその沈静化の中で、ダイオキシン分析費も大きく変化しました。

問題が表面化した当初、1件当たり70万円といわれていたものが、多くの業者の参入と過当競争によって、今は10万円以下までに落ちています。これは、環境分析の価値全体に影響を及ぼしています。

ダイオキシンのような難しい分析がこのくらい安くできるのだからということで、測定・分析へのレスペクトが大きく揺らいでいる感があります。測定結果の質の良し悪しはなかなか表に出にくいものです。経年変化などを見て、ある年の値だけが低いことなどに気付くことがあります。そのような場合には、データがおかしいとわかるわけですが、そのときはもう手遅れです。

これは、まったくの予算のむだ遣いになってしまいます。分析コストと分析精度は密接に結びついています。分析価格の急激な低下は、民間の分析機関も大いに苦しめています。測定データは、環境問題を扱ううえでの基礎です。測定技術が揺らげば、その先の解析、その解析をもとにした対策も危うくなります。そのことが環境に携わる人たちにしっかりと理解されているでしょうか。

 

3.技術継承の課題

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前述のように、環境問題は1970年代に多発した公害に対処することを緊急の課題としてスタートしており、それはちょうど、団塊の世代の大学卒業時期と重なったこともあり、地方環境研究所はその時期に多くの人材を採用しています。

近年、その団塊の世代が定年を迎え、長期に渡って環境問題を担った人材が職場から去っていき、過去の経験や技術的な蓄積を十分に次世代へつなげない状態が生じてきています。役所の特性から、欠員が出ない限り補充が行われることは少なく、人員構成にかなりの偏りがありバランスを欠いた組織になっているところも少なくありません。これは、過去に培われた環境に関わるさまざまな技術が次の世代へうまく継承されていけない状況を作り出しています。

技術継承の問題は、一義的には組織内で解決されるべき課題です。組織を継続的に運営していくために、シニア世代である管理者は、長期的な視野を持って考えておかなければなりません。機械的な人事異動でそれをなすことは非常に難しいことです。環境の現場の大切さを理解し、常に問題意識を持つことができる技術者を育成していかなければなりません。

そのために、有効な方法の一つとして、研究への指向を持つことの重要性を伝えることがあります。学会は、大学、国の研究機関、地環研、民間の技術者などで構成され、これらの人が、環境に関する技術を共有し、その発展のためにいろいろな機会を設けて切磋琢磨しています。

学会に所属することによって、最新の環境に関する技術・情報を身近に入手することもでき、仕事に対する姿勢を学ぶ場にもなります。問題意識を持ち、解決への方策を探るという研究のスタイルは、日常的な仕事に対しても大いに役立ちます。

現在、分析機関では標準仕様書 (SOP)の作成が進んでおり、通常のデータ輩出にはさほど苦労はないでしょう。問題は、異常に高い値や前処理が難しいサンプルなど、マニュアルに書かれていないことに、どのように対処するかにあります。

その解決には、過去の経験や問題解決への道筋を知っていることが必要です。ここにシニア世代の重要な役割があります。今年1月の中国でのPM2.5上昇による大気汚染に見られるように開発途上国での環境問題は深刻です。定年退職後、JICAのシニアボランティアとして途上国の環境セクションへ派遣され、環境問題解決へ貢献しようとしている人も多くいます。この分野では、昔の公害問題を体験した人は大いに役立っています。ぜひ、そのような道も志していただきたいと思います。

 

おわりに

環境に限らず一人前の技術者になるには、それなりの年月、努力が必要です。これから仕事として環境に関わろうとしている若い人には、いろいろな経験を積むとともに、ある一つのことに対して専門性の確保を指向して欲しいと思います。

あることに精通することによって、それに近いものを含めていろいろな応用は可能です。高い山に登らないと見えない景色があります。その先の進むべき道も見えてきます。常に問題意識を持って対処し、起こるべき問題への準備を怠らないようにしてください。

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