PM2.5(微小粒子状物質)対策の最新動向


2013年1月10日頃より、中国では北京市を中心にPM2.5(微小粒子状物質)等による大規模な大気汚染が断続的に発生した。これまでにも同様の現象は発生したことがあるが、今回はとくに深刻かつ広範囲であり、健康への影響の他、高速道路閉鎖や航空便欠航、高速鉄道運行停止など交通にも大きな支障を来したとされる。

日本でも一時的なPM2.5濃度の上昇が一部地域において観測されたことなどから、マスメディアでも連日大きく取り上げられた。PM2.5は、さまざまな成分からなる直径2.5μm以下の微小な粒子であり、浮遊粒子状物質(SPM:直径10μm以下の粒子)に比べ粒子径が小さいため肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響も懸念されていることから、環境省では大気汚染物質の一つとして位置づけ、大気汚染防止法等に基づく対策を講じてきた。

2009年9月にPM2.5の環境基準を設定するとともに、PM2.5の全国的な監視体制の整備をはじめPM2.5測定機の等価性評価や成分分析等に取り組んできた。

今回の中国における大気汚染問題を受けてPM2.5による大気汚染に対する国民の関心が急速に高まってきたことから、環境省は2月8日、国内の観測網の充実、専門家会合による検討、国民への情報提供、中国への技術協力の強化等を骨子とする「、PM2.5による大気汚染への当面の対応」を取りまとめたところである。

本稿では、PM2.5に対する環境省のこれまでの取組みを概観するとともに、最近のPM2.5による大気汚染への対応について論述する。

 

筆者:ECOLOGライター(環境省水・大気環境局大気環境課 課長 大森豊緑・同 環境専門員 古川康次郎)
(この記事は弊社発行媒体「環境パートナーズ(2014年4月号)」より再編集して掲載しています。)

 

 

PM2.5に関するこれまでの取組み

 

1環境基準の設定

環境省では、一般大気環境中のPM2.5濃度と健康影響との関連性を明らかにするため、199(9平成11)年度から「微小粒子状物質曝露影響調査」を実施するなど調査研究を進めてきた。

PM2.5に関する国内外の疫学知見等がある程度集積されてきたことを踏まえ、200(9平成21)年2月から中央環境審議会の専門委員会において11回に亘る審議が行われ、同年9月、環境省はPM2.5の環境基準として、「年平均値15μg/m3以下、かつ日平均値35μg/m3以下」を設定した。

なお、環境基準は行政上の目標となる値であり、人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準である。

 

2常時監視体制の整備

2010(平成22)年3月、環境省は大気常時監視の実施方法を示す「大気汚染防止法第22条の規定に基づく大気の汚染の状況の常時監視に関する事務の処理基準について(」以下、「事務処理基準」)および「環境大気常時監視マニュアル」を改定し、PM2.5の常時監視は、都道府県および大気汚染防止法政令市の法定受託事務として実施されることになった。

事務処理基準には、効果的な対策を検討するため、PM2.5およびその前駆物質の大気中の挙動等の科学的知見の集積、ならびにPM2.5の発生源寄与割合の推計に資するため、質量濃度測定に加えて成分分析の実施に係る記載が盛り込まれている。

 

3成分分析の実施

また2011(平成23)年7月には、成分分析の調査項目、地点、時期等を示した「微小粒子状物質(PM2.5)の成分分析ガイドライン」を策定するなど、成分分析の実施体制の整備を進めてきた。

2012(平成24)年4月には、①成分測定用微小粒子状物質捕集法、②イオン成分測定方法(イオンクロマトグラフ法)、③無機元素の多元素同時測定法(酸分解/ICP-MS法)、④炭素成分分析法(サーマルオプティカル・リフレクタンス法)に関する成分測定マニュアルを策定した。

さらに、「環境大気常時監視マニュアル(第6版)」において、PM2.5の自動測定機が満たすべき基本的条件を示すとともに、「標準測定法と自動測定機の等価性評価は当分の間、環境省が中心となって実施する」としていることを受けて、環境省は自動測定機の等価性評価試験を行っている。

これまでの2回の試験で、8機種に等価性があると評価している。

 

 

日本におけるPM2.5の現状

1質量濃度の年平均値の推移

日本におけるPM2.5による大気汚染の状況については、これまで取り組んできた大気汚染防止法(以下、「大防法」という)に基づく工場・事業場等のばい煙発生施設の排出規制や自動車排出ガス規制等により、PM2.5質量濃度の年平均値は減少傾向にある。

2常時監視体制の整備状況

自治体におけるPM2.5常時監視体制について、測定局数は年々増加しているものの、2012(平成24)年度末においても全国で556局程度にとどまる見込みであり、事務処理基準に示されている算定基準をもとに算定した目標測定局数1,292局の半分にも達しない状況である。

また成分分析については、201(3平成25)年度までに実施体制を整備することを求めており、今後さらに調査地点数が増加していくと考えているが、2012(平成24)年度の調査地点数は102地点となっている。

3環境基準達成状況

PM2.5の質量濃度については、2010(平成22)年度の測定結果を2012(平成24)年2月に初めて公表したが、当該年度のPM2.5の環境基準達成率は一般環境大気測定局で32.4%、自動車排ガス測定局で8.3%にとどまっている。

2010年時点では有効測定局が存在しない自治体があるなど測定局数が十分ではないことから、全国的な評価を行うことは困難であるが、多くの地点で環境基準が達成されていなかったと推測される。とくに西日本地域において環境基準の達成状況が低い。

また成分分析については、2013(平成25)年に初めて2011年度の測定結果を取りまとめ、公表する予定である。

 

3.PM2.5への当面の対応

今回の中国におけるPM2.5による大気汚染問題を受け、国民のPM2.5に対する関心が急速に高まったことから2013年2月8日、環境省は、

①国内の観測網の充実
②専門家会合における検討
③国民への情報提供
④中国等に対する技術協力の強化等

――を柱とする「微小粒子状物質(PM2.5)による大気汚染への当面の対応」(以下、「当面の対応」)を取りまとめるとともに、関係省庁および自治体等と連携して早急な対応を図った。

 

1国内の観測網の充実

環境省は国内の観測網の充実に向けて自治体との連携を強化するため、2013(平成25)年2月18日に都道府県および大防法政令市(計129自治体)で構成する「微小粒子状物質(PM2.5)に関する自治体連絡会」を立ち上げた。

同日開催した第1回会合では、環境省から関係自治体に対して、

①PM2.5の常時監視体制を強化するため、測定局数を2012(平成24)年度見込みの556局から目標の1292 局に増加させること

②環境省が全国の大気汚染状況に関する情報提供し ている「大気汚染物質広域監視システム」(通称:そらまめ君)とオンラインで接続されている測定局(約230局)を増加させること

③観測データの分析評価および国民へのわかりやすい情報提供のために過去のデータを提供することを要請した。

また自治体からPM2.5観測網の整備に係る国の財政支援を求める声が多く寄せられたことを受け、環境省では総務省と協議し、2012(平成24)年度に創設された「地域の元気づくり臨時交付金(地域経済活性化・雇用創出臨時交付金)」等も活用しながら測定局の整備を進めるよう、関係自治体に対し要請したところである。

 

2専門家会合における検討

環境省ではPM2.5による大気汚染についての国民の関心が急速に高まってきたことを受けて、PM2.5濃度が上昇した場合における対応について検討を行うため、2013(平成25)年2月、大気汚染および健康影響の専門家による「微小粒子状物質(PM2.5)に関する専門家会合」を設置し、報告が取りまとめられた。

 

専門家会合報告のポイントは以下のとおり。

 

(1)PM2.5による大気汚染の状況

平成25年1月のPM2.5濃度は、平成24年、平成23年の同時期と比較すると、高い傾向はみられるが、大きく上回るものではない。

今回の日本における一時的なPM2.5濃度の上昇は、西日本で広域的に環境基準を超えるPM2.5が観測されたこと、九州西端の離島(長崎県福江島)にある国立環境研究所(以下「、国環研」)の観測所でも粒子状物質の濃度上昇が観測され、その成分に硫酸イオンが多く含まれていたこと、国環研のシミュレーション結果によると北東アジアにおける広域的なPM2.5汚染の一部が日本にも及んでいることを総合的に判断すると、大陸からの越境汚染の影響もあったものと考えられる。

一方、PM2.5は通常でも日本の大気中に観測され、濃度上昇は都市汚染による影響も同時にあったと考えられ、今回の事象は大陸からの越境汚染と都市汚染の影響が複合している可能性が高い。越境汚染による影響の程度は地域や期間によって異なるため、その程度を定量的に明らかにするには詳細な解析が必要となる。

 

(2)PM2.5濃度が上昇した場合に懸念される健康影響
今回の一時的なPM2.5濃度の上昇によって、何らかの健康影響が生じるリスクがわずかに増加した可能性があるが、その程度は明らかではない。

PM2.5への短期曝露による健康影響については、健康な成人では平均濃度72.2μg/m3に2時間曝露した場合に健康影響がみられたという知見がある一方、かなり高濃度にさらされた場合でも著しい健康影響がみられなかったという知見もあり、PM2.5への曝露濃度と健康影響との間には、一貫した関係は見出されていない。

ただし、高感受性者(呼吸器系や循環器系疾患のある者、高齢者や小児等)では、より低濃度でも健康影響が生じる可能性があることに留意する必要がある。

 

(3)注意喚起のための暫定的な指針
社会的要請を踏まえると、何らかの形で国民への注意喚起のための基準を示すことが適当と考えるが、環境基準設定以後の追加すべき知見がないこと等から、その位置づけについては、当面、「法令等に基づかない注意喚起のための暫定的な指針」として定めることとし、今後新たな知見やデータの蓄積等を踏まえ、必要に応じて見直しを行うこととする。

なお、この指針を大染法に基づく緊急時の措置(注意報等)の根拠として位置づけることについては、当該措置は対象地域における削減対策など強制力を伴うものであり、かつ越境汚染に対しては直接の効果が期待できないことから、PM2.5に関する現象解明が不十分な現状では困難とされた。

暫定的な指針となる値の設定については、現時点で入手可能な疫学的知見および短期曝露による健康影響に関する知見に加え、米国の大気質指数(AQI:AirQualityIndex)等を総合的に勘案し、日平均値70μg/m3が提案された。

暫定的な指針となる値を超えた場合の対応については、屋外での長時間の激しい運動や外出をできるだけ減らすこととともに、屋内でも換気や窓の開閉を必要最少限にするなどにより、外気の屋内への侵入を少なくし、PM2.5の吸入をできるだけ減らすことが有効である。

とくに高感受性者では、健常な成人に比べて影響が出やすく個人差も大きいと考えられるため、日頃から健康管理や禁煙に努めるとともに濃度が高い場合は体調に応じてより慎重に行動することが望まれる。

注意喚起は屋外で活動する機会が増える日中の行動の参考となるよう午前中の早めの時間帯に行うことが考えられる。その判断基準としては、回帰式から算出した日平均値70μg/m3に相当する1時間値85μg/m3を用いることが適当である。

ただし、PM2.5自動測定機の1時間値の精度については標準法との等価性が確認されていないため、複数測定局を対象として1時間値の複数時間の平均値を計算しその中央値を求めるなどにより、1時間値の確からしさを高めるための工夫が必要である。

なお、注意喚起のための暫定的な指針となる値については、運用開始後十分な追跡調査に取り組み、その妥当性を評価するとともに必要に応じ見直しを行うこととされた。

 

(4)運用の方法
注意喚起の実施主体としては、PM2.5の濃度上昇が比較的広域に発生したものを対象とすると考えられること、大防法に基づく緊急時の措置のノウハウが活用できると考えられること等から都道府県において実施することが基本と考えられる。

ただし、各地域の実情等に応じてその他の地方自治体が独自に注意喚起を行うことを妨げるものではない。また注意喚起を行った後に明らかにPM2.5濃度が改善しその旨を周知する場合には、50μg/m3を目安として判断することが一つの案と考えられる。

 

3国民への情報提供

環境省はPM2.5に関する正確な情報をわかりやすく国民へ提供するため、2013(平成25)年2月、環境省ホームページに「微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報」サイトを開設した。

このサイトでは、PM2.5に関する基本的な情報、自治体の協力を得て収集した観測データを環境省が整理した情報、注意喚起のための暫定的な指針、微小粒子状物質(PM2.5)に関するよくある質問 (Q&A)など、最新の情報提供に努めている。

これらの情報は、在中国大使館を通じて中国在留邦人に対しても随時提供している。また、そらまめ君へのアクセスが一時的に集中して閲覧が困難な状況になったため、メモリを増設するとともにサーバソフトウエアの最適化及び通信帯域幅の増強などにより、アクセスの改善を図ったところである。

 

4中国等に対する技術協力の強化等

環境省は、日本の公害を克服した経験や優れた環境技術を活かして、これまで中国を含むアジア諸国に対 して技術支援や研究協力を推進してきた。当面の対応として、

①東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)におけるPM2.5観測網の充実

②大気汚染物質と温室効果ガス等を同時に減らすコベネフィット事業や窒素酸化物(NOx)の総量削 減計画事業等を通じた対中協力の推進

③国立環境研究所等の研究機関による国際的共同研究ネットワークの充実などの取組みの一層強化

することとしている。

また中国政府に対しては本年2月、中国環境保護部と日本の外務省、環境省および経済産業省の担当官が中国の大気汚染に関する協議を行い、両国間で実施してきた技術協力を今後も継続するとともに意見交換を通じて更なる協力の可能性について検討することで一致したところである。

 

 

4.今後のPM2.5対策の課題

日本のPM2.5対策の最近の動向について述べたが、PM2.5に関しては依然として未解明な部分が多いことから、国内外の大気汚染の状況を踏まえて今後以下の取組みを進めていくことが課題と考えられる。

・国および地方自治体による大防法に基づくPM2.5常 時監視体制の更なる強化及び成分分析の充実。

・二次生成メカニズムの解明と排出インベントリの早 急な整備。

・シミュレーションモデルの精緻化および予測精度の 向上。

・長期継続的な疫学調査の実施等を通じた健康影響に 関する知見の集積。

・アジア地域におけるPM2.5をはじめとする大気汚染 問題への共同取組み。

 

むすびに

日本のこれまでのPM2.5対策の取組みおよび当面の対応について概観した。環境省では2013(平成25)年3月1日、都道府県等に対して専門家会合報告に示されている対応について検討を要請した。

現在,各自治体 の対応状況について取りまとめているところである が,注意喚起については,ほぼすべての道府県におい て3月中に実施予定である。

またPM2.5の環境基準達成率は低いことから、国内 における排出削減をはじめとするPM2.5対策の一層の 推進を図る必要がある。

また,これまで中国との間で は大気汚染の分野で共同研究や技術協力をしてきており、今後は大気汚染問題に対する共通理解のもとに観測網の充実をはじめアジア地域おける大気汚染防止対 策をより積極的に推進していくことが重要である。

これらのPM2.5対策を推進していくためには、関係省庁,地方自治体をはじめ、関係の皆様のご協力が不 可欠である。今後とも、国民の健康を保護するとともに生活環境を保全するため,さらなるご理解とご支援をお願いしたい。

 

 

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